2019年5月27日月曜日

一人称の死、二人称の死、三人称の死

 太古の昔から人類は、生活の身近なところに、人の死を常に置いてきた。人類にとって「死とどう向き合うか」が最重要課題だった。宗教にとって「死者をどのように扱うか」が最重要課題だった。
 現代人にとっては、そうでない。確かに現代人には、こなさなければならない課題が、それ以外に多くある。新しい課題に時間と労力を割くのであれば、代わりに何かを取り止めるのは、当然なのかもしれない。けれども現代人が「死」という課題を解決したわけではなかろう。
 ところで、死には3種類ある。
  • 自分の死    (一人称の死)
  • 身近な人の死  (二人称の死)
  • 赤の他人の死  (三人称の死)
自分の死体を見ることはできないし、葬ることもできない。その意味で、自分の死は、自分の経験の外にある。
 テレビドラマに出てくる死は、庭に落ちている虫の死骸と同様に、赤の他人の死である。ペットの死も同じだろう。
 古来から、人が常に身近なところに置いてきたのは、身近な人の死である。特に、家族である。

 人間にとって一番大事な問題は、一人称の死なのだろう。けれども、それを直接扱うことはできない。二人称の死を通して、人は一人称の死を間接的に扱うことができる。それが、宗教の役割だった。三人称の死は、一人称の死とも二人称の死とも関わり合うことがない。
 昔は一年に何度も近所で葬式や法事があり、それに参加したり手伝ったりする機会があった。子供たちも、その中にいた。おそらくは、ずっと昔からそうだったのだろう。
 ボクの実家には仏壇があり、亡くなったじいさん・ばあさんの写真が飾ってあるが、いま住んでる家には無い。変化の速い現代において、大きく変わったことの1つは、二人称の死が遠くなったことである。

幼児と老人が気が合うわけ

ともに、あの世に近いから。


・・・あの世からやってきたばかりの者 と まもなくあの世へと旅立つ者。

咲いてる姿と枯れてる姿、2つあわせて「花」

死を身近に感じてこそ、人はやさしく生きられる。


・・・都会暮らしの核家族には、死は縁遠いもの。

もし人間が不老不死になったら。。。

もし人間が不老不死になったら、地上に人間があふれて、足の踏み場もないことになる。
もしあの世があったら、あの世に人があふれて、どこにも行き場がないことになる。
もし自分だけが不老不死になって、他の人は死ぬとすれば、完全に孤立する。
以上から、やっぱり死んで消えて無くなるのがいいな、という結論に達した。
生命には「自分を修復する能力」と「新しい生命を生み出す能力」があります。そして、どちらを採用するかは、コストの問題です。「古いものを修復して使い続ける」方が安上がりなうちはそうしますが、そうするのは割に合わないと見做せば「古いものを放棄して、新しいものに作り変え」ます。だから、生命には寿命があって、子孫を残すのです。
よわい
  齢 ・・・ それは致死率100%にして、不治の病。

生まれながらにして「余命ン十年、長くてあと100年もつかどうか」と宣告されたようなもの。
コストを無視してまで「修復して使い続けよう」とする動機は、生命にはありません。採算度返しで生き延びようという発想は、生命にはありません。
 でも、古い生命が死ぬ代わりに、子や孫に命が引き継がれます。そういう形で、生命は生き続けます。そしてまた、自分が死んでも、きっと、あるいはもしかしたら生まれ変わる。そういう楽しい物語もあります。
一万年生きるとしたら、私はきっと悲しい。

オレが死んだらライオンのエサにしてくれ

(2011年秋)

こんな遺書を考えた。
オレが死んだら、遺体をライオンのエサにしてくれ。
残ったものは虫のエサに、最後は微生物のエサにしてくれ。
ボクたちは生き物を食べている。レストランでも家庭でも、食事でもおやつでも、ボクたちが口にしているものは、水と塩以外はすべて動植物だ。太古の昔から現代に至るまで、どんなに科学技術が進んでも、その事情は変わらない。
 きのう動物園に行って、園内のレストランで昼食をとっているときに、その考えが浮かんだ。けれどもその場に一緒にいたのが娘とその友達だったから、いくらなんでも場違いだと思って黙っていた。草を食う動物、肉を食う動物を見物して、その途中にボクらは草と肉を食っていた。同類である。
 ボクたちは生き物を、生き物だけを食べている。まわりに人工物があふれている中で、食べ物だけはとことん自然の産物なのである。当たり前のこととはいえ、つい忘れそうになることでもある。そのときはたまたま動物園で思い出した。
 
 人が死んだらその後どうなるか? 自然に帰るというのが1つの答えであるならば、ライオンのエサになるのも選択肢の1つとして悪くない。

2019年5月26日日曜日

★ アジアの神と宿と色

☆ 神がいる場所
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/03/blog-post_48.html )

  ◇ バンコクの神は辻にいて
  ◇ ミャンマーの神は丘にいて
  ◇ ラオスの神は森にいて
  ◇ 東京の神は岬にいる


☆ 古民家ホテル
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_75.html )

  ◇ Vinh Hung Heritage Hotel   (ホイアン・ベトナム)
  ◇ Hotel PURI 富禮客棧     (マラッカ・マレーシア)
  ◇ 银柜精品酒店          (昆明・中国) 
  ◇ 原舍 东城外客栈           (建水・中国)
  ◇ 圓和圓佛禪客棧         (成都・中国)

☆ アジアの絶景
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_70.html )

  ◇ 丹霞地質公園            (中国)   
  ◇ チャゥカラッ・パゴダ      (ミャンマー)   
  ◇ サパの棚田             (ベトナム)

☆ アンパンマン・ワールドは八百万の神の国

  ◇ アンパンマンの不思議を神話で読み解く 
  ◇ バイキン城はどこにある? 
  ◇ ロールパンナは三界を行き来する 
  ◇ スサノオ と ヤマタノオロチ と クシナダヒメ 
  ◇ アンパンマンはなぜバイキンマンをこてんぱんにやっつけないのか? 
  ◇ アニメ・アンパンマンの主題 
  ◇ アンパンマン・ワールドの経済学 
  ◇ アンパンマンに見る、幸せの条件 
  ◇ アンパンマンの心がわからない人たち 
  ◇ おしんこちゃん と キャベツマン 
  ◇ アンパンマンは日本人の心です 

 もっともっとネタを増やしていきたい。「あかちゃんまん=オオクニヌシ」は(僕としては)確信しているが、未稿。気になっているのは「あかちゃんスプレー」と変身キャラの「ねぎおじさん=ながねぎマン」と食いしん坊キャラの「あんこら、ゴミラ」など。みんなで一緒にアイデア出し合いたい。

☆ プチ論文

 小論文よりもっと短い文章を作る練習教材です。でも、1行(1行作文、基本編発展編)よりは長い。プチ論文と名付けましょう。

  ◇ ジャンケンのルールブック 
  ◇ NHKのスペシャル番組をみよう 
  ◇ どんぐりと山猫 

 正しいことを書くのではなく、自由に書くのでもない。決められた「書式」に則って、自分の「見方」を説明してください。

2019年5月19日日曜日

☆ ラダック写真集

(2007年夏)

ラダックはインド北部、ヒマラヤのさらに北の地域です。インド領ではありますが、地理的・文化的にはチベットの一部です。中国領チベットより、チベットらしさが残っています。
◇ 上ラダック 
◇ 下ラダック 
◇ 峠越え 
◇ ヌブラ谷 
◇ パンゴン・ツォ湖 
◇ レー 
◇ アグラ 
ラダックが、他のチベット文化圏と比べて優れているとボクが思ったのは、
  • 見所が比較的密に集まっている。
     ジープをチャーターすれば、レーから日帰りもしくは1泊2日程度で、かなり充実した観光が出来る。他の地域は見所がもっとまばらで、移動の時間がもっとずっと多いような印象だった。
     
  • 道路が整備されている。
     中国 ・ パキスタンに近いが、両国との国境が確定していない。すなわちここは、軍事上の最前線。そのため、軍用道路として整備されているのだろう。辺境にしてはなかなかの充実ぶり。
ラダックが、インドの他の地域と比べて優れているのは、
  • 涼しくて、快適。
     標高3000m以上の地域なので当然だが、昼は暑すぎず、夜も寒くなくてとっても快適。インド平原は(日本の夏と同じくらい?)蒸し暑く、エアコンが普及していないので、けっこうキツイ。
     
  • タクシーもツアーもホテルも公定料金が定められていて、それがきちんと守られている。
     だからいつでも適正な料金で、すなわち日本の感覚からすればとっても安く旅行できる。デリーやアグラではボッタクリ・詐欺師が多くてウンザリする。それに比べて、とっても気が楽。
ラダックって 旅行しやすくて、いいところだなぁ と思いました。

★ チベットの空気

 チベットと聞いて、みなさんはどのエリアを思い浮かべるでしょうか? ラサ(拉薩)とその周辺、もしくはチベット(西蔵)自治区という中国の行政単位を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?
 私はもっと広い範囲を想定します。東は四川省・雲南省の一部を含み、北は青海省の一部を含み、西はインド北部のヒマラヤ山脈のさらに北側(インド領)を含むエリアです。つまり、標高でいうとおよそ3,000m以上で、チベット人が住むチベット仏教圏がチベットだと私は思っています。
 その広い意味でのチベットの中で、私のお薦めは西側と東側です。西側のインド領のエリアは ラダック と呼ばれています。東側の四川省・雲南省の辺りを私は勝手に チャイナ・アルプス と呼んでいます。
 ラダックには、中国のチベット自治区(独立運動を抑えるために弾圧もあり、漢民族も多く移り住んでいる)より昔ながらのチベット文化が残っています。しかもそのエリアは隣国パキスタン・中国と領土問題を抱えているために軍用道路が整備されていて、へき地の割に旅行しやすい。デリーから飛行機または(頑張れば)バスで行けます。
 チャイナ・アルプスの良さは、何といっても日本から近いことです。四川省の省都・成都から西・北・南方向にバスで5時間も走れば、そこはもうチベットです。あるいは雲南省の省都・昆明から大理→ 麗江 → 香格裏拉(シャングリラと読む。中国政府が正式に命名した)と観光地を辿りながらチベットに行き着きます。

 チャイナ・アルプスは、ヨーロッパ・アルプスやカナディアン・ロッキーより近くて安くてお気軽です。日本アルプス(北・中央・南アルプス)より新鮮でエキゾチックで刺激的です。ちょくちょく訪れていい場所です。

 ところで、最近ずっと標高の低いところにいて、空気が濃い。はね退けようにも、重い空気がべったりとまとわりついてきて逃げ場がない。久しぶりにチベットの空気を吸いたいな。軽やかで爽やかで澄んだ空気。


☆ ラダック     (北インド)
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_44.html )

  ◇ 下ラダック
  ◇ 峠越え
  ◇ パンゴン・ツォ湖        など


☆ 九寨溝・黄龍 (中国・四川省)
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_76.html )

  ◇ 九寨溝・黄龍の2次元立体地図
  ◇ 黄龍でドローンが禁止になる日
  ◇ 汚れた心が洗われる(九寨溝)  など


☆ 稲城・亜丁  (中国・四川省)
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_0.html )

  ◇ 高地マニア
  ◇ 亜丁自然保護区
  ◇ 圓和圓佛禪客棧(○和○)    など




 写真左上は、車で行ける世界最高地点 カルドン・ラ峠=標高 5600m(インド北部ラダック地方)。写真右上は、私が泊まった中で最も標高の高い場所 パンゴン・ツォ湖=標高 4300m(同じくラダック。娘と一緒にテント泊)。
 写真右下は、世界で一番標高の高い空港=標高 4411m(稲城亜丁空港:中国・四川省)。写真左下は、その旅行で私が
泊まった 亜丁村 からの景色=標高 4100m。写真左中は、私のオススメの観光ポイント:黄龍風景区=標高 3700m(中国・四川省)。

★ イスラム建築が綺麗!

 タージマハル はインドにあって、今のインドにはヒンドゥー教徒が多いが、これはイスラム王朝が造ったものだ。近くにあるファティープル・シークリーもいい。
 アルハンブラ宮殿はスペインにあって、今のスペインにはクリスチャンが多いが、これもイスラム王朝が造った。
 どちらもきれいな建築物として有名だ。(アルハンブラ宮殿にボクは行ったことは無いが)
 イスラムの本場=中東はどうかというと、ボクが特にきれいだと思うのはイラン・イスファハンの イマーム広場 。ウズベキスタン・サマルカンドの レジキスタン広場 もいい。


☆ ウズベキスタン2003夏
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/2003.html )

  ◇ サマルカンド
  ◇ ブハラ
  ◇ モスクの天井       など


☆ イラン2006春
(→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/2006.html )

  ◇ イスファハン
  ◇ キャラバン・サライ
  ◇ バム遺跡         など


☆ ラダック2007夏
  https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_44.html )

  ◇ アグラ          など


世界のきれいな建築はことごとくイスラムだ」、そう言っても言い過ぎではないと思う。

☆ 日本経済の見えない未来を見てみよう

 先が見えない時代というけれど、見えないなりにこの先を見てみたい。マルクスよりもよっぽど分かりやすい資本論、ピケティよりもよっぽど使える資本論です。

  ◇ 成長の時代と成熟の時代 
  └→ 第二次世界大戦で世界はリセットされた
  ◇ 日本の高度成長は何だったのか? 
  └→ 国の豊かさと個人の豊かさ
  ◇ 成長の終わりの始まり 
  └→ 交易条件が変わった
  ◇ なぜバブルは起きるのか? 
  └→ 資本主義は拡大することでなりたつ
  ◇ これから先も日本が先頭を走るだろう 


            

◎ 1行作文(兼 タイピング練習)

 中学・技術科、高校・情報科の授業で「タイピング練習の一環」と称して実施している作文練習のリストです。いずれも「1行で」書くことを求めています。要点をコンパクトに書く練習です。

  ◇ 説明する 
  ◇ 列記する 
  ◇ 比較する 
  ◇ 具体的に 
  ◇ 案内する 
  → 練習問題 

  → 著作権模擬裁判 

 この発展系が「自分の考えの作り方」。とことん1行で書いてもらいます。

2019年5月13日月曜日

DeleteキーとBackSpaceキーの共通点と相違点

【問題】
 ワープロで文書を作成中に、「Deleteキー」と「BackSpaceキー」のどちらを押しても同じ結果になる場合もあれば、使うキーによって違う結果になる場合もある。
① どういう場合にどのように同じ結果になるのかを、簡潔に説明しなさい。 
② どういう場合にどのように違う結果になるのかを、簡潔に説明しなさい。 



《解答例》
① 文字列を選択したとき、
  (どちらのキーを押しても)選択した文字列が消去される。

② 文字と文字の間にカーソルを置いたとき、
  「Deleteキー」を押すとカーソル位置の後ろ(右)の文字が消去され、
  「BackSpaceキー」を押すとカーソル位置の前(左)の文字が消去される。



教材「1行作文」からの出題です。

携帯電話第一声の世界標準

 携帯電話の第一声で「もしもし」というのは日本人だけだ。世界の多くの人たちは、それとは異なる万国共通のある言葉から始める。ラオスの人も東ティモールの人もイエメンの人も「もしもし」とは言わない。
 では、何と言うかというと、"Hello" だ。二言目はみんなバラバラだ。大抵の人は自国語で、各自の流儀で、そして個々の要件に応じて話を進める。でも、ミャンマーでもベトナムでもペルーでも第一声だけは共通なのである。
 これまでいろんな国を旅行してきて現地の人が携帯電話をする様子をたくさん見てきたが、英語をまったくしゃべらないような人でも第一声はたいてい "Hello" なのである。そして二言目からバングラデシュの人はベンガル語に、グアテマラの人はスペイン語になる。

 さて、なぜ日本人だけが携帯電話の第一声で「もしもし」と言うのか? ここで「日本人だから日本語でしゃべるのは当たり前だ」というのは答えにならない。なぜなら、世界の多くの人たちは自国語ではない言葉で携帯電話の第一声を発するからである。
 質問の仕方を変えよう。なぜ日本人は携帯電話を "Hello" から始めないのか? ここで「そこだけ英語で言うのはおかしいだろ!」というのも答えにならない。なぜなら、世界の多くの人たちは第一声だけを英語で言い、第二声から自国語でしゃべるからである。
 おそらくは "Hello" で話を始めるのが世界標準なのである。世界中の人たちを観察したわけではないし、統計を取ったわけはないが、たぶんそうだ。かなりの割合の人が、きっとそうだ。
 その中で、日本人は例外なのである、おそらく。日本人だけではないかもしれないが、"Hello" から始めない人は世界の少数派に違いない。なぜか? 非常に興味深い現象である。

外出禁止令

(2008年冬)

 外国を旅行中に外出禁止令を喰らったことが2度あります。
 1回は、1990年にイスラエル占領下のガザ地区で。今では曲がりなりにもパレスチナの自治が行われていますが、当時は夜間外出禁止令が毎日出ていました。それがわかっていて自分で乗り込んだのですから、明らかにボクの勝手なんですが。(この旅行中の出来事についての記事は、こちら をどうぞ)

 もう1回は、スリランカで。今日は、その話を少々。
 スリランカでは民族対立に端を発するテロがしばしば起きています。もう何十年も続いているようですが、それでも比較的落ち着いている時期と危険な時期があるようです。
 1989年夏、深夜にコロンボ空港に着いてみると、いきなり外出禁止令の真っ最中。それでも空港から街までのタクシーは動いていましたので、なんとかホテルにもぐり込みました。次の朝、外出禁止令が解除されたので、バスで古都キャンディーに移動。 着いたらまた外出禁止令。
 その辺りからだんだんボクにもわかってきました。というのは、外出禁止令には2種類あるんです。1つは、政府軍が出すもの。こちらが出されても、人は案外平気で外へ出ます。もう1つは、ゲリラ側が出すもの。これが出されると、人は極力外へ出ないようになるんですね。政府軍は一般市民には無茶なことはしないが、ゲリラ側は何をやらかすかわからない、ということなんでしょう。
 コロンボ空港到着時に外出禁止令を出したのは政府軍で、キャンディーで外出禁止令を出したのはゲリラ側。要するに、そういうことだったわけです。だから、キャンディーのホテルでは缶詰めにされました。で、結局どうしたかというと、たまたま同じホテルに泊まっていた団体さんのバスに便乗させてもらいました。
 彼らは観光を兼ねてボランティア活動をしに来ていました。彼らにはスリランカ仏教界の偉いお坊さんがついていて、情報も入っているようでした。ボクは例の如く、当時3才の息子と一緒でしたので、同情してくれたのかもしれません。バスは途中2ヶ所ほど観光しながら、コロンボの街に戻りました。余談ですが、ツアーは食事がいちいち豪勢でやたらと時間をかけるので、ボクにはついていけないと思いました。
 で、詰まるところ何が言いたいかというと、今のスリランカ情勢はどうなのかなぁ、ということです。そろそろ、また行ってみたいなぁ、なんて考えてるもんですから。

シェムリアップの人々(カンボジア)

(2009年夏)


お坊さん と お嫁さん と 完熟マンゴー と お葬式 。

アンコール遺跡群(カンボジア)

(2009年夏)

アンコールワット(左上)     タ・プロム(右上)
ココナッツ(真ん中)
バイヨン(左下)      アプサラの舞?(右下)
タクシーをチャーターして、1日 US$30~50 程度。以前はレンタルバイクで回れた。自由に見て回れる感じが良かったが、今は外国人はバイク禁止。

サイアム・ニラミットは民族の誇り(タイ)

(2012年春)

 タイの歴史・文化・宗教観を表現した舞台ショーが、毎晩バンコク市内で公演されている。サイアム・ニラミット(→ http://www.siamniramit.com/show.php )という。
 ショーが始まる前に、タイ 国歌の斉唱 が行われる。観客も起立を求められる。国歌斉唱の間、国王が働くさまと国民が慕うさまが映像で紹介される。外国人観光客相手のショーの始めに、まずこれが粛々と行われるのである。

 ショーは3部構成。第1部はタイを4つの地域に分けて歴史と文化を紹介。 第2部は天国と地獄と妖精の森。 第3部は各地の祭。舞台に川が現れたり、海の中の様子を表したり、神や妖精が空を飛んだり。 本物の象とヤギも登場する。所々でタイ語・英語・日本語・中国語・ハングル語・ロシア語の解説が入るから、日本人にもわかりやすい。ショーを観た後で遺跡や像を見ると見方が変わるだろう。

左から、地獄、森、天国。SIAM NIRAMIT の Web サイトより 
開園は夜8時、終わるのは9時半頃だが、夕方5時半からオープンしているので、早めに行って中で夕食をとり、敷地内を見物して回るのがいい。踊り子さんと写真を撮ったり、象に乗ったり、古い農家風の家でタイ式マッサージを受けたりするのもよさそう。
 観劇料金は 1500 バーツ(1 バーツ≒2.7 円)だが、旅行会社を通せば 1000 バーツくらいで手に入る。送迎つきのツアーの形になっている場合もある。でも、安直な見世物ではない。このショーは、タイ 民族の誇り を表しているのである。

ヒマがあるとパゴダを造っちゃう人たち(ミャンマー)

 典型的なのは バガン だが、バガンに限らずミャンマーのどこへ行ってもパゴダがたくさん建っている。古いものを守り伝えるにとどまらず、新しいものもどんどん造るし、やけに大きなものも造る 。そしてパゴダがあれば、仏像もたくさん作ることになる。そのためにミャンマーの人たちはかなりの労力を注いでいるはずなのだ。
 でもミャンマーの人たちは、どうしてそんなにたくさんパゴダを造っちゃうんだろう。
◇ 昔から生活が豊かだったから?
◇ 強迫観念に襲われているから?
 どちらも正しいんだろうと思う。熱帯で雨も多く、食うに困ることはあまり無かったのだろう。だから生活に余裕があったんだろう。その意味で、昔からそして今も、ミャンマーは豊かな国なのだ、たぶん。そうでなければ、パゴダ造りに時間と労力をかけられるはずがない。
 でも、余った時間と労力をパゴダ造りに向けさせるにはもう1つの条件がなければならない。余った分をパゴダ以外のことに振り向けたのではパゴダは建たないからである。
 それを、彼らの信心深さの故であるとか、彼らにとっての善行(徳を積む)の形と言ってもいいのだが、彼らが強迫観念に突き動かされているからという言い方もできないわけではない。というのは、ミャンマーの人々は常々地獄の話を聞かされ、地獄絵を見せられているのである。
 現世で悪い行いをすると地獄に落ちる、良い行いをすると天国に行ける。地獄には行きたくない、天国に行きたい。その想いが、ミャンマーの人たちにパゴダを造らせている、そんな面もあるように思う。

 豊かで生活にゆとりがあって、地獄に行きたくない一心でそのゆとりを丸ごとパゴダ造りに投入する人たち。ミャンマーの人たちってそういう人たちなんだよな、きっと。

熊野詣 と お伊勢参り

左右:熊野古道(那智の滝に至る道)    中:伊勢神宮(正宮前の階段)

「熊野参り」はなぁんかおかしい、「熊野詣」がしっくりくる。
「伊勢詣」はちょっと違う、「お伊勢参り」でなきゃならない。
根拠は無いが、確信はある。

古い街並みは人それぞれに懐かしい


旧東海道の宿場町・関宿(三重県亀山市)。
 娘 : あっこれ(縁側とか障子とか)、サザエさんに出てくる!
 妻 : 私が子供の頃、家の階段はこれと同じくらい急だったわ。
ボク : ミャンマー行けば、今でもこんなかまど使ってるよ。
古い街並みは人それぞれに懐かしい。

大内宿


 大内宿 (福島県)。 山あいの昔の宿場町で、一本道の両側に古い街並みが残っている。ゆるやかに下る道に沿って、山から引いた水が道の両側を流れている。この水の流れがいい。
 お盆の渋滞を避けて朝3時半に横浜の家を出て、案外とスムーズに朝7時に到着した。店などはまだ開いていないが、むしろ静かでよかった。

女躰神社@ラゾーナ裏

 JR川崎駅直結のショッピングセンター、川崎ラゾーナのすぐ裏手、ラゾーナを囲む周回道路の一角の交差点の名前は「女躰神社前」。英語名も書いてある。「Nyotai-Jinja」。おかげで漢字の正しい読み方もわかる。
 車で時々通る交差点で気になってはいたのだが、歩いたことはなかったので、歩いてみた。その神社、どこにあるかと思ったら、交差点の目の前、周回道路に面してあった。境内入口には「女躰大神」と書かれた石碑があり、鳥居の額にも同じ文字が掲げてある。


 境内に入ってみた。どれだけ艶めかしいもの、エロチックなものがあるのかと思いきや、一見したところ普通の神社だった。「御神体は何だろう?」と気になったが、お社には入れず、そもそも誰もいない。
 それでも何ゆえに女躰Nyotai)なのかとなおも探してみると、あった。「安産祈願」ののぼりが。なるほど、ようやくつながった。


北朝鮮に対して中国はどう出るか?

 中国はあちこちで領土問題を抱えている。
 日本との間では尖閣諸島(中国名:釣魚島)。日本の実効支配が続いているが、中国は1970年代から「中国の領土だ」と言い出した。近海で石油や天然ガスが埋蔵されていることがわかってからである。今では毎日のように中国船が近海を航行しているし、すでに中国はそのあたりの海で天然ガスを採掘している。
 東南アジアの国々との間では南沙諸島や西沙諸島。地図で見るとベトナム沖やフィリピン沖にしか見えない場所を、中国は自国の領土だと主張している。いくつかはベトナムから武力で奪い、いくつかはフィリピン軍が台風から一時避難した隙に中国軍が上陸して占拠した。今では埋め立て・飛行機の滑走路建設が進んでいる。
 インドとの間でも長年国境線でもめていて、時々衝突が起きている。ブータンとの間では、国境線でもめている領域で中国が勝手に道路を建設したことが先日ニュースになった。

 さて、北朝鮮のミサイル発射・核実験が問題になっているが、仮に紛争状態になった時に、中国はどう出るか?
 中国は領土を広げようとするのではないか。中国が他の地域でやっていることから類推すると、いかにもありそうなことだと僕は思うのである。
 中国が一番欲しがっているのは、北朝鮮の北東の端、日本海に面した部分だろう。地図で見ると、中国の北東の端はほんのちょっとの距離で日本海に面していない。その辺りがちょうど北朝鮮のロシアの国境線なのだが、中国の北東の端からあと20kmほどで日本海なのだ。
 日本海への出口が確保できれば、中国の経済的メリットは大きいだろう。中国東北部は大きく様変わりすることだろう。そしてそうなると、将来的に中国は日本海の島々の領有権を主張するかもしれない。したたかな中国だから、それくらいのことを考えていても不思議ではないと僕は思うのだが、いかがだろうか。

北朝鮮に対してロシアはどう出るか?

 シリアから数百万人が難民となって国外に逃れている。シリア国内で避難生活をしている人を合わせると一千万人を超えていると言う。シリア人口のほぼ半数だ。
 さて、彼ら難民は何から逃れているのか?
 日本の報道を見ていると、その多くが過激派組織ISから逃れて難民になったように思うだろう。けれども、実際はそうではない。中にはISから逃れて難民になった人も一定数いるだろうけれど、多くの人はそうではない。
 彼らの多くは「空爆」から逃れて難民になったのである。空爆で家を破壊されて住むところがなくなって、あるいは空爆にさらされていつ死ぬかわからない、その状況から逃れるために難民になったのだ。
 そう考えると、難民を生んだ主な原因はISではないということになる。なぜならISは戦闘機を持っていないからだ。
 では、シリアで空爆をしているのは誰か。まずはアサド政権だ。そしてそれを支援するロシアだ。さらにアメリカとフランスが加わった。
 アサド政権とはシリアでこれまで長く独裁を続けてきた政権で、アラブの春の流れの中で国民に支持される存在ではなくなった。今では支持しているのはロシアくらいのもので、ロシアの軍事的な支援がなければ、今ごろはとっくに無くなっていたであろう政権だ。
 その意味で、シリアの状況がここまでひどくなったのは、ロシアがアサド政権を支援したからだという言い方もできる。

 目線を東アジアに移そう。さて、北朝鮮に対してロシアはどう出るか?
 ロシアに友好なアサド政権をとことん守っていることから類推すると、ロシアが友好国・北朝鮮をとことん守るのはいかにもありそうなことだと僕は思うのである。シリアだけでない。クリミア半島併合、ウクライナ東部での戦闘、モルドバの沿ドニエストル地方独立の動きなど、ロシア周辺のあちこちでロシアは戦闘に関わっている。
 シリアからどれだけの数の難民が出ようとも、アサド政権が化学兵器を使っても、他の国々からどれだけ非難されようが、お構いなしにロシアはとことんアサド政権を守っている。同じように、韓国や日本がどんなことになろうとも、ロシアはとことん北朝鮮を守るだろうと想定するのはあながち的外れではあるまい。

秋葉原の不思議スポット


 秋葉原駅の中央線新宿・三鷹方面行きホームで不思議スポット発見。立ち飲み牛乳屋だ。カウンターに瓶入り牛乳がずらりと並んでいる。
 駅のホームにあるということは、乗り換えの合間にガツンと飲む人がいるということだろう。とはいえ一人や二人では商売にはならないだろうから、そんな人が大勢いるということなんだろうか。
 そんな人がいても不思議ではないが、他の駅では見たことがない。なぜ秋葉原でだけこんな店が成立するのだろう。興味深い現象である。
 昔からオタクの聖地と呼ばれている街だから、何かあるのかもしれない。秋葉原には他にもいろんな不思議スポットがあるのだろうか。

 ところで、東京一の不思議スポットは 東京タワー です。

2019年5月12日日曜日

コンビニって便利だよね

【問】コンビニエンス・ストア(Convenience store)を直訳すると「便利な店」となりますが、「便利さ」にもいろいろあります。次の会話文の空欄に10字以内の適当な言葉を入れなさい。ただし「便利だ」という漠然とした言葉でなく、「どのように(どの点が)便利なのか」を具体的に記述すること。
⑴ A:あっ、シャーペンの芯がなくなった。
    朝まであと3時間。これじゃ宿題終わんないよー。
  B:コンビニ行ってきな。
  A:コンビニって、ホント□□□□□□□□□□よね。

⑵ A:ねぇ、祝儀袋とジャンプ買ってきて。
    ついでに、おでんもね。
  B:じゃぁコンビニ行ってきまーす。
  A:コンビニって、ホント□□□□□□□□□□よね。

⑶ A:急にトイレ行きたくなっちゃった。
    やばい、どうしよう・・・
  B:じゃぁ次のコンビニでクルマ止めるね。
  A:コンビニって、ホント□□□□□□□□□□よね。



 どの問題も「便利だ」を入れればまぁすんなり読めますが、そのまま書いたら×です。設問に「具体的に」とありますから。でも普段何気なく使っている言葉でも、正しく表現しようとすると案外難しいでしょ。普段私たちがいかに阿吽の呼吸で会話しているかを実感してもらえたら、問題を出した甲斐があったというものです。

《解答例》は次の通りです。
(1) いつでも開いている  (24時間営業)
(2) 何でも売っている(品ぞろえがいい)
(3) どこにでもある  (店の数が多い)
なお、「(いざというときに)助かる」なんてのも × です。これは (1) , (2) , (3) のどの空欄にも入りますから。結局「便利だ」というのと同様に、まるで具体的じゃないんですね。
 「コンビニって、ホント『すごい』よね」とか、これなんかも (1) でも (2) でも (3) でもぴったり当てはまっちゃいます。もちろん × です。「便利」も「すごい」も会話の中では違和感なく通じるんでしょうけれど、文章の中で使うのはなるべく控えましょう。
 いやぁ「便利」って言葉、ホント便利ですね。「すごい」って言葉、ホントにすごい。(だから書くなっちゅーの)


ジャンケンのルールブック

《問題》
 日本語は堪能だけれども、ジャンケンを全く知らない人がいる。「2人でジャンケンをして勝ち負けを決める」やり方を、文章で正確にわかりやすく説明しなさい。
 彼がスムーズにジャンケンに参加できて、なおかつジャンケンを楽しめるような説明が理想です。ただし、絵や図を描いてはいけません。



 わかりきっていることを、きちんと丁寧に説明してください、ということです。解答欄はB5サイズ(B4用紙の半分)。

《解答例》
 ジャンケンとは勝ち負けを決めるゲームの1つである。これから2人でジャンケンをする場合のやり方を説明する。
 ジャンケンでは「ジャンケーン」のかけ声の後に続く「ポン(またはポイ)」という合図と同時に、片手でグー・チョキ・パーのうちのどれか1つを出す。
 グーは5本の指をすべて折りたたんで表現する。チョキは人差し指と中指を伸ばし、残りの指を折りたたんだ形で表現する。パーは5本の指をすべて開いて表現する。
 2人の手が異なっている場合は勝ち負けが決まる。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。グーは石を、チョキはハサミを、パーは紙をイメージしたものである。ハサミは紙を切れるが、石を切れないことと、紙は石を包んでしまうことが、その勝ち負けの由来である。
 2人の手が同じ場合は「あいこ」といい、勝負がつかない。その場合は、もう一度ジャンケンを繰り返し、2人が異なる手を出して勝負がつくまでジャンケンを続ける。
 例をあげて説明しよう。
 まず1回目。2人で同時に「ジャンケーン」と言い合い、「ポーン」のかけ声と同時に2人がグー・チョキ・パーの手のうちのどれかを出す。ここで2人ともグーを出したとしよう。これが「あいこ」である。この場合は再びジャンケンをする。
 続いて2回目。ここでA君がグーを、B君がチョキを出したとすれば、A君の勝ち、B君の負けとなる。これでゲームオーバーである。
 以上のように、ジャンケンは手軽にできる公平なゲームである。

(・・・余談だが、同じようなゲームは、かけ声や手の形は違っても、世界中にある。アメリカでは「グー、チョキ、パー」のことを「Rock、Scissors、Paper」と呼ぶらしい。「ジャンケン」という名前は中国の拳法「邪拳」から来ているらしい。
 また日本には昔から「キツネ拳」というものがある。登場するのは、狐と猟師と庄屋。正座して勝負する。狐は猟師に負け(鉄砲で撃たれる)、猟師は庄屋に負け(買い叩かれる)、庄屋は狐に負ける(騙される)。両手を耳の後ろにかざせば狐、左手を伸ばし右手を胸元に置けば猟師(鉄砲を撃つ姿)、両手をこぶしにして膝の上に置けば庄屋を表す。

《解説》
・何を書くか?
 まず、「全く知らない人に、正確に伝える」ためには、
勝ち負け、② あいこ、③ 手の形、④ タイミング
の4項目を記載することが必須。
 また、「わかりやすく」説明するためには、
手の形の意味(「チョキはハサミで、パーは紙。ハサミは紙を切るから、チョキとパーではチョキの勝ち」など)
はぜひ欲しいところ。他には、
⑥ ジャンケンをする目的(公平性など)、⑦ 具体例
などがあるとよい。

・どの順に書くか?
 大きい項目から始め、次第に小さい項目に移るのが基本形。上記①~⑦は別の段に記載する方が読みやすい。

《おまけ》
 解答例の「余談」は、ホントに余談です。
 で、最後におまけなんですが、高校生には「英語で説明せよ」なんて問題、出したいなぁ。いや、ボクには採点ムリなんで、ぜひ英語科の方で。。。

説明する(1行作文)

1学期のはじめに、タイピング練習と文章作成の練習を兼ねて実施しました。
2部構成になっていまして、その前半戦=「わかりやすく説明する」 練習です。

まず生徒にワードファイルを配布し、記述問題に答える形でワードに文字を入力させます。
設問は次の5題。各40字以内で書かせました。

  【1】 パソコンで日本語を入力する場合、スペースバーには2つの働きがある。
     どんな場合にどのような働きをするかを、2つに分けて説明しなさい。

  【2】 パソコンで日本語を入力する場合、エンターキーには2つの働きがある。
     どんな場合にどのような働きをするかを、2つに分けて説明しなさい。

  【3】 コンピュータやネットワークを利用する際の、パスワードの働きを説明しなさい。

  【4】 パスワードを扱う上での注意点をかきなさい。

  【5】 単語で答える場合と比較して、「文章」で問題に答える場合に、
     解答者が気をつけなければならないこと(心得)をかきなさい。

生徒が入力したあとに、パワーポイントで作ったスライドを見せながら答え方のポイントを解説しました。
トップにあるのが、そのスライド一覧です。
○答案だけでなく、△答案と×答案についても、説明しました。
なぜ△なのか、なぜ×なのかを知ることも大事です。
同時に 「試験でもこのように採点する」 と宣言しているわけです。



列記する(1行作文)

「1行作文」の後半戦=「列記する」 練習です。
一昨日の続きで、「タイプ練習 兼 文書作成トレーニング」の第2弾です。

まず生徒にワードファイルを配布し、記述問題に答える形でワードに文字を入力させます。
設問は次の5題。それぞれ2つずつ、各30字以内で書かせました。

【1】 パソコンで日本語を入力する場合、
   「ローマ字入力」の方が「かな入力」よりも有効だと考えられる点を2つあげなさい。

【2】 手書きで文書を作る場合と比べて、ワープロで文書を作るメリットを2つあげなさい。

【3】 ワープロで文書を作る場合と比べて、手書きで文書を作るメリットを2つあげなさい。

【4】 携帯電話依存症の症状を2つあげなさい。

【5】 マンホールの蓋はなぜ丸なのか? その理由を2つあげなさい。

誰もが納得できる(そうな)ものをあげたいものです。レアケースをあげるのは、よい答えとは言えません。
生徒が入力したあとに、パワーポイントで作ったスライドを見せながら答え方のポイントを解説しました。



比較する(1行作文)

 似て非なる2つのものを比較して、共通点と相違点をそれぞれ1行で書いてみよう。
 この課題のミソは「相違点の観点を解答者が自分で出す」ことです。出題者が「観点」を出してその観点について解答者が2者の違いを答えるなら簡単なんでしょうけれど、解答者自らが観点と相違点をセットで挙げるとなると、特徴を自分で抽出したり軽重を判断したりすることが必要になってきます。



 次の2つのものには、共通点があります。また、相違点もあります。例のように、それらの共通点を1つと相違点を観点と合わせて3セット挙げてください。ただし、相違点の観点は 10 字以内で、共通点と相違点はそれぞれ 20 字以内で書くこと。

(例) ペイントとドロー
共通点相違点
観点
描画方法編集のしやすさ使用例
ペイントPCやWebサイト
で扱う画像
点の集まり色合い写真
(デジカメ)
ドロー図形の組み合わせ上下関係の変更設計図
(建築・機械)

(1) ハサミとカッター
共通点相違点
観点
               
ハサミ              
カッター           


(2) 地球温暖化と ヒートアイランド現象
共通点相違点
観点
               
地球温暖化              
ヒートアイランド現象         




<解答例>

(1) ハサミとカッター
共通点相違点
観点切り方得意な切り方他に必要なもの
ハサミ物を切るための道具2枚の刃ではさんで切る。曲線状に切るのに適している。単独で使える。他の物は不要。
カッター1枚の刃で押して切る。直線状に切るのにしている。机に傷がつかないように下敷きが必要。

(2) 地球温暖化と ヒートアイランド現象
共通点相違点
観点
影響が及ぶ範囲原因対策
地球温暖化気温が異常に上昇する現象地球全体大気中の温暖化ガス濃度の上昇化石燃料の使用量を減らす
ヒートアイランド現象都市部のみ人工排熱・コンクリートによる被覆などエアコンの使用減や緑化・打ち水など

△ としたものをいくつか挙げてみましょう。
  • (1) の相違点 → <刃の数> 1つ/2つ
  • (2) の相違点 → 地球温暖化 の <原因> : 二酸化炭素
ちょっとシンプル過ぎるでしょう。 20字の枠があるんだから、もう少し丁寧に書いてください。

× としたものもいくつか挙げてみましょう。
  • (2) の共通点 → 環境問題
      → どちらも環境問題の一部には違いないけど、もう少し絞ってください。
  • (1) の相違点 → <切り方> ギザギザ/きれいに切れる
      → いろんな意味に解釈できちゃう文章ですね。
  • (2) の相違点 → ヒートアイランド現象 の <原因> : 車の排気ガス
      → 排気ガスと言われると普通は NOx などの有害物質のことを考えますが、
        それは原因ではありません。
最後に、類題募集中です。ネタください。


案内する(1行作文)

 次のものを知らない外国人に、それがどういうものかを1行(50字以内)の文章(日本語)で伝えてみよう。
◇ 鯉のぼり
◇ こんにゃく 
◇ 鎌倉 


《 例 》

  • 子供の健やかな成長を願って飾る、布などで作った大きな鯉。風になびくと空を泳いでいるように見える。(48 字)
  • 芋から作る日本の食べ物。ダイエット食として日本人には人気があるが、ゴムみたいと外国人には不評だ。(48 字)
  • 12世紀にサムライが政権を取ったときの中心地で、多くの寺社がある。東京から50km、電車で要1時間。(50 字)

 
《 ダメな例 》

  • 鯉のぼり   →  ライジング・カープ  ←  なんのこっちゃ!?
  • こんにゃく  →  喰ってみりゃわかる  ←  えっ、喰いもんなの!?
  • 鎌倉     →  いいところですよ   ←  何の参考にもならない



他に、

  • カワイイ    (このままで世界で通用する単語になりつつあるらしい)
  • どうもどうも  (日本人はなにかと使うが、外国人には意味がつかめないらしい)
  • お年玉     (なんでそのときだけ金やるんだ?)

なんかも使えるかな?
 中学・技術科か高校・情報科で「タイプ練習 兼 作文練習」のネタの1つとして考えてみた。ホントは英語の時間にやれば一石三鳥なんだけどね。


2019年5月10日金曜日

松葉杖の使いにくさと重宝さと危険さについて

(2015年1月)

松葉杖がいかに使いにくいものであるか、みなさんは知っていますか?
そんな使いにくい松葉杖が、実はとても重宝なものだと感じたことがありますか?
けっこう使えると思って松葉杖を使っていて、逆に危ない目に合ったことはありませんか?

私は今日3つの発見をしました。...
1.松葉杖が実に使いにくいものであること
2.それでも、それが実はとても重宝であること
3.とはいえ、調子に乗るととても危険であること
一日でこれだけのことを学べたのは、もしかしたら素晴らしいことです。
新年早々やってしまいました。しばらく家でだらだら過ごす日が続きそうです。

Abeさんの先を行くAbdullahさん

 学校の出席番号であれ電話帳の記載順であれ「あいうえお順」に並んでいることが多い。そうなると相川さんは多くの場合前の方で、渡辺さんは大抵後ろの方になる。さて、いつも一番前になる人は誰なんだろう。
 でもそう考えるなら、日本で一番の人を探すより、世界で一番の人を探したくなる。世界中の人を並べるなら「あいうえお順」より「アルファベット順」だろう。
 「aさん」という名前の人はいないとして、aaで始まる人もいそうにないし、abで始まる人は・・・「Abeさん」だ。a,bに続いてeだから、けっこう早い。「あいうえお順」でもけっこう早いが「アルファベット順」ならなおさら早い。
 さて、これより前の人はいるだろうか。「abさん」という名前の人はいそうにない。abcで始まる人は、発音しにくそうだ。abdならどうか。bdの音が難しそうで、abdで始まる人がいなければ、アルファベット順に並べた時に一番先頭に来るのは「Abeさん」ということになる。
 ところが「Abdullahさん」がいたのである。「Abeさん」より先を行っている。さすがの「Abeさん」も「Abdullahさん」には勝てない。姓だけではなくて、名の方も気になるところではあるが、なんと「Abdullah Abdullahさん」がいた。姓も名もAbdullahだ。何を隠そう、現アフガニスタンの首相である。というわけで、日本の安倍総理は「アルファベット順に並べた時に世界で一番初めにくる名字の人」でないのはもちろんのこと、「アルファベット順に並べた時に世界で一番初めにくる政治家」ですらないことが明らかになった。

 と、ここまで書いてきて気がついた。abの後に続くものはabc , add , … ばかりではなかった。aba…でもよかった。そういえば Abadan という町がある。イラン南西部、石油の産地にして、日章丸事件の舞台であり、小説「海賊とよばれた男」にも登場する町である。Abadan という町があるなら、Abadan という名前の人がいてもおかしくないし、Abadan はアルファベット順で Abdullah よりも前にある。
 こうして何が言いたいんだかわからない記事になってきた。

2019年5月9日木曜日

出雲の山寺に泊まる

(2016年春)

 島根県安来市にある古刹・清水寺の境内に 紅葉館 という宿がある。山陰を旅行中にそこに泊まった。宿坊というのとはちょっと違うのかもしれないが、寺の境内にあって精進料理を食べさせる宿だから、僕の感覚では宿坊である。


 宿の部屋から三重塔が見える(左上写真)。境内には稲荷神社あり(左下写真左側)、弁財天あり(左下写真階段の下右)と盛りだくさん。重要文化財の本堂には鬼の絵(写真右)。

 清水寺は平地から山道に入って15分ほどのところにある。創建は587年だという。聖徳太子より前の時代だ。以下、従業員の人の話である。
 仏教は朝鮮半島から伝わったが、朝鮮半島の東海岸は当時は新羅で、そこから出雲に仏教が伝わった。一方、朝鮮半島の南端は当時は百済で、そこから北九州に仏教が伝わった。そして出雲や北九州から大和に伝わっていった。仏教に限らず銅剣や銅矛もそして古墳も出雲をはじめとする西日本から大和に伝わったのだが、いずれも西日本から大和地方に伝わるまでにざっと200年くらいの時間がかかっている。
 出雲の時代には宍道湖・中海近くの低地は湿地帯だった。江戸時代の初めに川の流れを整備して、宍道湖と中海の間に城を築いて、町を造った。それが松江で、それ以降松江あたりが地域の中心になったが、それ以前はそこよりもう少し内陸に入った清水寺のあたりが人の住むエリアだった。
 清水寺は今は天台宗に属する。総本山は延暦寺。清水寺の僧侶のトップは地域の市長みたいな存在で、本当はみんなで決めたいのだが、誰かを推す声が上がると必ずそれを引きずり降ろそうとする人が現れる。こうして結局決まらない。そうなると総本山の延暦寺から人が派遣されてくるのだが、そこで選ばれる人というのは左遷されるみたいなものだから、ぼんくらな人がやってくる。いつもこのパターンだ。
などなど。夕食の精進料理のあと、おしゃべりした。

2019年5月5日日曜日

☆ 昔話の裏事情

 有名な日本の昔話から5話、うら事情を語ります。うら事情とはつまり色と恋。おそらくそれが本当の姿なのでしょう。
  ◇ 浦島太郎の不倫騒動 
  ◇ かちかち山の報復合戦 
  ◇ かぐや姫の結婚の条件 
  ◇ こぶとり爺さんの不条理 

正直者はボロを出す

 Yahoo! Blog をやっていた頃、おかしなハンドルネームの人からコメントが入ることがあった。その都度ハンドルネームはまちまちで、おそらくは複数の人によるものだろう。非ログインだったり急ごしらえのIDだったりするが、悪意を感じるものや言いっ放しの雑言もある。それにコメントを返すか、放置するか、削除するかはケース・バイ・ケース。
 さて、そんなコメントが入った後に、知人から次のような内緒コメントが入ったことがある。
「ハンドルネーム = 『○○さん』は、私ではありません」と。
ボクは素直に「そうだろうな」と思う。雰囲気が違うから、言われなくても「あの人じゃないな」と思う。
 そして同時に、心がひねくれたボクはこうも思うのだ。「彼がわざわざこんなことを言ってくるということは、今回の件は彼ではないにせよ、彼は他のときあるいは他の場所で同じようなことをやってるってことだよね。そうじゃなかったら、こんな内緒コメントするはずないもの」と。
 証拠なんて無いが、こういうのって匂うんだよね。「『○○さん』は、私ではありません」みたいな内緒コメント寄こしたの、これまで2人か3人いたと思う。みんなホント正直な人だと思うよ。実はみんな、いい人ばっかり。

2019年5月2日木曜日

◎ 自分の考えの作り方(1行作文)

 「考える」とは何なのか? なんだか雲をつかむような話ですが、ズバリ言いましょう。それは「答えの無い問題に取り組んで、所々で暫定的な仮の答えを手にしながら、問いと答えの両方を書き換えていくこと」です。答えのある問題に答えることが考えることなのではありません。ましてや、答えが一つに決まるように組み立てられた問題に対して、そこに仕込まれた答えを見つけることが考えることなのではありません。もちろん、たった今書いたことは「正しい答え」ではありません。私の「暫定的な仮の答え」です。
 ところで、考えるためには、知識はあまり役に立ちません。自分の問題意識が答えを与えるのであって、知識が答えを与えるのではありませんから。また、正しいものを積み重ねても答えは出てきません。そこで得た答えは自分の見方・考え方であって、そもそも絶対に正しいものではありませんから。
 では、知識が要らないなら、その代わりに何が要るかというと、私は「型」だと思っています。以下の練習では、何を書くべきかを具体的に指示しています。それはたとえば「意見」であったり「理由」であったり「反論」であったりするわけですが、それらを「分けて」書かせることが大事なんだろうと思っています。
 なお、どの練習でも「1行で」書くことを求めています。私たちの中にはいろんなものが渦巻いていますから、たくさん書くと焦点がボケるか、余計なことを書いてしまうかどちらかになるでしょう。ピンポイントでターゲットを狙い撃ちするには「1行で」書くに限ります。
 これから示すものは「書くための型」であり、それは同時に「考えるための型」でもあります。私はそう思っています。誰でも使えるシンプルな「型」、いろんな場面で使える汎用性のある「型」、それだけで一定レベルまで達成できるだけの力がある「型」、そういうものになっているでしょうか。

実習課題文章例備考
1問題と解決をセットで挙げる例文考える力と問題解決力
2ポツダム宣言を要約する例文はじめての要約
32つの視点で語る例文2本の軸を立てる
4理由を3つ挙げる例文なぜ3なのか?
5理由を3つ挙げる(その2)例文続・なぜ3なのか?
64段論法例文3段論法と4段論法は別物
7意見と理由と反論をセットで挙げる例文そもそも議論とは何なのか?

 ところでみなさんは、学校で文章の書き方を習ったことがありますか? 私は記憶にありません。何度も作文や感想文を書かされましたが、何をどのように書けばいいのか、教わった記憶が無いのです。
 学校で作文や感想文を書く機会はたくさんありますが、作文のマニュアルもフォーマットもない。書き方を知らない生徒に漠然としたテーマだけを与えて、「感じたとおりに、自由に書きなさい」と言い放つ。レイアウトは原稿用紙のマス目だけ ・・・ 日本の学校の作文指導はおよそこんな感じではないでしょうか。
 でも、私は思うのです。書くべきは「感想」ではなくて「見方(視点)」です。「意見」よりも「理由(根拠)」です。漠然とした課題を与えるより、「何を書くかを具体的に指示する」べきです。たくさん書かせるより、「要点」を書かせるべきです。「自由に」書かせるより、内容ごとに「分けて書く」ためのレイアウトを与えるべきです。
 学校では「答のある問題」の書き方は懇切丁寧に指導するのに、なぜか「答の無い問題」についてはほとんど手ぶらです。漢字の書き取りや英語の文法、数学の証明問題などでは書き方をガチガチに型にはめる一方で、文章を書いたり考えたりすることについては「勝手にどうぞ」と言わんばかりの放任主義 ・・・ このように言ったら言い過ぎでしょうか。
 学校で最低限の書き方の練習、考え方の練習をやった方がいいんじゃないですか。それほどべらぼうに時間のかかることじゃありませんので、少なくとも初心者に対しては何度か練習をした方がいいんじゃないですか。ほんの2、3回でもやるのとやらないのとでは大違いです。ここに紹介したものは、そのための教材です。

理由を3つ挙げる(文章例)

 前の記事「理由を3つ挙げる」の文章例です。

なぜ夏は暑いのか?
◇ (夏は冬に比べて)日照時間(昼)が長いから。
◇ (   〃   )太陽(の南中)高度が高いから。(単位面積あたりの日射量が多くなる)
◇ (   〃   )太陽から(その地点まで)の距離が近くなるから。
◇ ・・・ 
3番目の理由はボツ・・・でしょうか。確かに図で見ると、冬に比べて夏の方がほんの少し太陽に近いんですが、実際の地球の公転軌道は楕円ですから、3つ目の理由による影響は軌道の影響と比べるとはるかに小さいんです。でも、私は他に理由を思いつかなくて、これで精いっぱい。

人はなぜ三日月で月見をしないのか?
◇ 三日月は(満月に比べて)暗いから。(うさぎが餅をついているとか、そんな模様も見えないし)
◇ (満月は一晩中出ているが、)三日月は夕方と明け方の短い時間しか見えないから。
◇ 三日月になる日数が多いから。(満月の2倍?もあって、希少性に欠ける)
◇ ・・・
これならなんとか可でしょうか。
ところで、(1)が太陽で、(2)が月ですから、本当は星に関する問いも用意したかったんですが、うまい問いが思いつきませんでした。星ってけっこう小難しいんですよね。しかも理由を3つ挙げられるようなものとなると、・・・どなたかいい問いを思いついたら、教えてください。

マンホールの蓋はなぜ丸いのか?
◇ 蓋がどの向きになっても、穴に落ちない。(他の形だと、向きによって落ちてしまう)
◇ 重いけど、転がせば一人でも運べる。
◇ 蓋を閉めるときに、向きを考えなくてよい。
◇ 力が均等に分散するので、壊れにくい(強度がある)
◇ 角がないので、躓いてケガをする心配が少ない。
◇ ・・・ 
たぶん1つ目の理由(右図参照)が大きいんじゃないかと想像しますが、他にもいろいろ考えてみました。4つ目に挙げたものはちょっと苦しいでしょうか。やっぱり「マンホールが丸いから」を挙げるべきでしょうか。

4段論法

 次の書式で文章を書く練習です。このままで「考え方のひな型」の1つになっているでしょう。
◇ 私は(・・結論・・)と考える。       ←─ 結論をズバリ言う
◇ 確かに(・・反論・・)だが、        ←┐
  しかし(・・退ける・・)である。      ←┴ 反論を想定する
◇ なぜなら、(・・理由1・・)。       ←┐
  また、  (・・理由2・・)。        ├ 理由を3つ挙げる
  さらに、 (・・理由3・・)。       ←┘
◇ 以上から、私は(・・結論・・)と考える。  ←─ 結論を繰り返す
全体としては7行構成になりますが、役割としては4段に分けられますから「4段論法」です。その名称は、もうお分かりのように「3段論法」をもじったものですが、この論法、汎用性ありますよ。日常生活でも使えます。 たとえば「マック VS ラーメン屋」。
今日のお昼はマックに行こう。   ╏  私はラーメン食べたいわ。
確かにラーメンにも惹かれるが、  ╏  確かに昨日もラーメンだったけど、
しかし今日はマックがお得だ。   ╏  マックよりはマシでしょ。
なぜなら、ボクは割引券持ってる。 ╏  だって今日は寒いから。
また、マックはおいしい。     ╏  ラーメンって実はヘルシーなのよ。
さらに、長居ができる。      ╏  角のラーメン屋、本に出てたし。
以上から、マックがいいと思う。  ╏  ねっ、ラーメンにしよっ。
中には怪しげな理由も混じっているかもしれませんが、3つ挙げれば何とかなります。
 上の例はともかく、高校生という文脈で言うと、この論法はもっともっと有益に使えます。大学入試の「小論文」です。まずコンパクトに各行 30 字で書いたとして、それだけで 30×7=210 字になります。それをちょっと詳しく書けば、あっという間に 500 字です。具体例を挙げるなどして膨らませれば、1000 字なんてすぐそこです。
 小論文を書くときの骨格を作るのに、このひな形は最適です。何のひな型もなくとりあえず書き始めるより、ずっといい小論文が書けると思いますよ。むしろ書くことがたくさん出すぎて、取捨選択に困るくらいでしょう。
 実際の授業でやるときは、生徒にとって身近なテーマ、そのときにニュースになっている話題、そういうものを取り上げるようにしています。たとえば、
◇ 憲法改正      ◇ 原発再稼働    ◇ 消費税率アップ
などそれだけをテーマとして与えたり、
  • 修学旅行の行先、国内か、海外か(ウチの学校では京都・奈良に行ってます)
  • ゆとり(教育が望ましい)か、競争(詰め込みとは言わずとも、みんなで競ってやる)
  • 大学入学の時期は春か、秋か(現に話題になっています)

のように対立する2つの見解の片側、あるいは両側から書かせたりしています。
 あるいは、こんなのも面白いですよ。
  • 「君はナニ部?…じゃ『このクラスの全員、○○部に入るべきだ』という主張をしてみよう」
  • 「君の趣味は?…じゃ『○○にハマると、ロクなことにならない』という結論でやってみて」
  •  
いずれもその場でアドリブで喋ってもらおうということです。これはトレーニングですから、本人の考えなんて関係ないんですね。結論を一方的に与えちゃっても構わないわけです。

 ここで1つ問題を出しましょう。
◇ 4段論法の論述法を評価してください。ただし、4段論法で書くこと。
文章例は こちら をどうぞ。

4段論法(文章例)

前の記事 の最後に次の問題を出しました。
◇ 4段論法の論述法を評価してください。ただし、4段論法で書くこと。
ところで、「4段論法」の書式は次の通りです。
◇ 私は(・・結論・・)と考える。       ←─ 結論をズバリ言う
◇ 確かに(・・反論・・)だが、        ←┐
  しかし(・・退ける・・)である。      ←┴ 反論を想定する
◇ なぜなら、(・・理由1・・)。       ←┐
  また、  (・・理由2・・)。        ├ 理由を3つ挙げる
  さらに、 (・・理由3・・)。       ←┘
◇ 以上から、私は(・・結論・・)と考える。  ←─ 結論を繰り返す
その文章例です。



《文章例1》
私は「4段論法の論述法」は、とても効果的だ と思う。
確かに「安直すぎる」という意見はあるが、しかし これくらいの単純さがちょうどいい。
なぜなら、書式がシンプルだから、書式にあてはめて書くだけで誰でもそれなりの文章が書ける。
また、必要なことをすべて含みながら、全くムダがない。
さらに、対立する2つの立場の両側からやってみれば、問題の本質がくっきりと浮かび上がってくる。
以上から、4段論法の論述法はとても効果的だと思う。2~3回やれば論理的思考が身につくだろう。

《文章例2》
私は「4段論法の論述法」は、まったく効果的でない と思う。
確かに「型にはめる」ことにメリットもあるが、しかし 同時にデメリットもある。
なぜなら、型にはめると、個性のない・面白みのない文章になりがちで、むしろ自由な発想を妨げる。
また、4段論法の書式は文のつながりが不自然で、いろんな問題を論じるには汎用性がなさすぎる。
さらに、理由を3つ挙げる際に、深く考えることをせずに、ムリやりこじつけるだけだから。
以上から、4段論法の論述法はまったく効果的でないと私は思う。むしろ思考停止に陥るだけだ。

 ところで、生徒たちにこれをやらせてみたところ、論点がズレてるものが多かったです。ダメな例の典型は、

(A)「授業」の評価をしているもの。        (説明が分かりにくい、など)
(B)「論述することそのもの」を評価しているもの。 (論述なんて必要ない、など)
(C)「4段論法の特徴や書式」に触れていないもの。 (将来きっと役に立つ、だけ)

 A と B は設問に答えていません。C は理由になっていません。要するに「自分が書きやすいように、問題を勝手にすり替えている」んだと思います。3つ目が出てこなくて苦し紛れに書いたということもあるでしょうが、上記 A , B , C みたいなものばっかり並べてる生徒も結構いました。

意見と理由と反論をセットで挙げる

あるテーマについて「明確な意見(主張)」と「説得力のある理由(根拠)」と「説得力のある反論(批判)」をそれぞれ1行で書いて、そのセットを3セット挙げてみてください。行数は全部で3×3=9行になります。これも「考え方のひな型」になるでしょう。
 ここで注意するべきことは「反論(批判)を理由(根拠)に向ける」ことです。意見(主張)に直接向けたら反則です。右上図のように1つの意見(主張)に3つの理由(根拠)を挙げて、それぞれに反論するパターンでもいいですし、右中図のように、あるテーマに対して3つの異なる意見(主張)を挙げて、それぞれを支持する理由(根拠)を挙げるパターンでも結構です。また、それらをミックスしたパターン、つまり右下図のようなものでも構いません。とにかく3セット挙げてください。

 ところで、ここで考えるテーマは何でもいいといえば、何でもいいんです。そのときに話題になっていること、ふと疑問に思ったこと、など。たとえば、
◇ 憲法改正
◇ 財政問題(消費税・年金・国債)
◇ 環境問題・エネルギー問題
などは、高校の授業で扱う内容と関連がありますし、マスコミ等でも定期的に(周期的に?)話題になりますから、生徒たちにとっては考えやすいでしょう。
 ここでは、次の問題でやってみましょう。
◇ 原発事故の損害を誰が負うべきか?
  意見と理由と反論のセットを、3セット挙げてみよう。
2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故に伴う損害額は数兆円に上ると言われています。その損害は誰かが負担しなければならないものです。さて、誰が負うべきなのでしょう?
 真っ先に思い浮かぶのは、東電(東京電力)でしょう。実際、損害賠償をしています。でも、全部ではありません。国も一部負担しています。全く補償されていないものもあります。国が負担するというのは、結局は国民が負担するということです。それをさらに分けることもできます。増税で負担するなら現役世代が負担するということですし、国債を発行するなら将来世代が負担することになります。また、全く補償されていないものについては、被災者自身が損害を負っているということでしょう。
 現に負担している人や組織は他にもあります。事故発生当初は、他にもいろんな案が持ち上がりました。さて、それらの人や組織が負担しなければならないということは、それぞれの考え方・根拠があるはずです。そして、その考え方・根拠には反論が想定できます。
文章例は こちら をどうぞ。

原発事故損害を誰が負担するか?

 2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故に伴う損害額は数兆円に上ると言われています。その損害は誰かが負担しなければならないものです。いま、その損害を賠償するための費用を誰が負担するかということについていろいろな案が持ち上がっています。下の(A)~(G)はその例です。
 ところで、それらの案にはそれぞれの考え方・根拠があり、その考え方・根拠には反論が想定できます。たとえば「東京電力が負うべきだ」という案を支える考え方として「事故を起こした原子力発電所を運営していたのが東京電力だから」というものがあげられるでしょう。そしてその考えに対して「国のエネルギー政策に従って、国の指示通りにやってきたのだから、実質的な運営主体は国である」という反論が可能でしょう。
 ここで【問題】です。下の(A)~(G)から3つ選んで、そのものに福島原発事故に伴う損害賠償の一部を負担させるとしたならば、それがどのような考え方によるものか説明しなさい。また、その考えに反論しなさい。ただし、各1~2行程度で簡潔にまとめること。
なお、「国民の理解を得られない」や「みんなで力をあわせて」あるいは「すぐに全原発を停止するべきだ」などという論はここでは何の説明にもならないのでボツである。
(A) 東京電力から電力を買う消費者(電気料金値上げ)
(B) 東京電力に融資している金融機関(債権の放棄・棒引き)
(C) 原子力発電所を有する他の電力会社(沖縄電力以外の全電力会社)
(D) 現在の納税者(増税)
(E) 未来の納税者(赤字国債発行)
(F) 国家公務員(給与削減)
(G) 被害を受けた住民(泣き寝入り)


《解答例》
(A) 考え方   受益者負担の原則に立てば、消費者が事故のリスクを負うべきだ。
   反論  事故後の消費者だけに負担させるのは受益者負担の原則に反する。
(B) 考え方   東電を倒産させるより、債権放棄する方が金融機関の負担は小さい。
   反論  原子力損害賠償法に定められた通りにやれば東電は倒産しない。
(C) 考え方   同じ事故リスクを抱えた者同士が支え合うのだから、お互い様だ。
   反論  すでに事故が起きてしまった現時点では、対等な立場ではない。
(D) 考え方   事故の責任は原発を推進してきた国(=国民)にある。
   反論  「絶対安全」と国民を欺いて進めた政策は、国民の意思によらない。
(E) 考え方   損害を賠償し復興を手助けすることは、未来に向けての投資である。
   反論  ゼロからの出発なら投資だが、マイナスからの出発は過去の尻拭いだ。
(F) 考え方   国民に尽くすのが公務員の務め。国民のために出来ることは何でもやれ。
   反論  給与は国民に尽くすことに対する報酬。それを差し出すのは本末転倒。
(G) 考え方   事故原因は地震と津波。自然災害だから、誰にも賠償責任は無い。
   反論  地震と津波は想定できた。対策もとらず止めもしなかった者に責任あり。



《解説》
 設問中の第2段落は「解答のサンプル」でもあります。そこに「」と「考え方」と「反論」が1セット分入っています。
 ところで、最初は(D)の「考え方」を「国全体で取り組むべき課題だから、国民全体で負担を分かち合うべきだ」と書いてみたのだが、そうしたら自分で「反論」出来なくなっちゃって、上のように書き換えた。
 この問題、反論の方が難しい。生徒が書いた答案を見ても、「反論」の欄に「反論になってない!」ものを書いているのが多かった。
 予想しているより少ない点数しかもらえなくてガッカリする生徒が多いだろうが、ダメなものはダメなのだ。
 いや、だいぶ甘く採点したつもりなのだが。よし、これからダメ答案を類別してみよう。

 ◇ ダメ答案例(その1)(その2

「原発事故損害を誰が負担するか?」のダメ答案例(その1)

 情報科の定期試験で出した記述式問題「原発事故損害を誰が負担するか?」のダメ答案を類別してみる。
 まずは「根拠」の挙げ方のダメな(根拠になっていない)もの を取り上げる。

◇ 主張を繰り返しているだけ のもの
(A)  主張 「東京電力から電力を買う消費者が負担するべきだ(電気料金値上げ)」に対して、
  根拠 「東電から電力を買って(使って)いたから」
(B)  主張 「東京電力に融資している金融機関が負担するべきだ(債権の放棄・棒引き)」に対して、
  根拠 「東電に融資したから」
(C)  主張 「原発を有する他の電力会社(沖縄電力以外の全電力会社)が負担するべきだ」 に対して、
  根拠 「原発を運転していたから」
 これらは根拠というより、主張を繰り返しているにすぎない。

 また、これらを根拠と認めたとしても「事故による損害賠償責任を負う」根拠としては弱すぎる 。  
 ※ 「連帯責任」と書いているものも多かったが、連帯責任を負わせることはジュネーブ条約違反だ。
   それは学校では通用しても一般社会では通用しない。

◇ 主張と根拠が結びつかない もの
(D)  主張 「現在の納税者が負担するべきだ(増税)」に対して、
  根拠 「誰の責任かを言ってる場合じゃないから」
(E)  主張 「未来の納税者が負担するべきだ(赤字国債発行)」に対して、
  根拠 「津波被害の復興にも多額のお金がかかるから」
(G)  主張 「事故の被害を受けた住民が負担するべきだ(泣き寝入り)」に対して、
  根拠 「国にはお金が無いから」
 いずれの根拠も (A) ~ (G) のどの主張ともつながらない 。
 あるいは、他の根拠と組み合わせれば (A) ~ (G) のどの主張ともつながってしまう。

◇ ターゲットがズレている もの
(A)  主張 「東京電力から電力を買う消費者が負担するべきだ(電気料金値上げ)」に対して、
  根拠 「電気料金が上がった方が節電になるから」→ ここでは損害賠償の話をしているのだ。
(F)  主張 「国家公務員が負担するべきだ(給与削減)」に対して、
  根拠 「国が原子力発電を進めてきたから」   → 国と国家公務員は別物だ。
(G)  主張 「事故の被害を受けた住民が負担するべきだ(泣き寝入り)」 に対して、
  根拠 「これまでに多額の交付金・助成金を受けてきたから」→ 被害はもっと広範囲に及んでいる。
 これらは「主張と根拠」のズレだが、同じようなズレは「根拠と反論」 、「主張と反論」の間でも起こりうる。
 生徒たちが書く文章はしばしばトリプルでズレるから、要注意。

次回は「反論」の仕方のダメな(反論になっていない)ものを取り上げる。

「原発事故損害を誰が負担するか?」のダメ答案例(その2)

 情報科の定期試験で出した記述式問題「原発事故損害を誰が負担するか?」のダメ答案を類別してみる。
 前回の「根拠」の挙げ方のダメな(根拠になっていない)もの に続いて、ここでは「反論」 の仕方のダメな(反論になっていない)もの を取り上げる。

◇ 相手の主張・根拠を無視して、別の主張(異論)をしている もの
(C) の根拠「同じ 事故リスク を抱えているのだから 電力会社同士で支え合う べきだ」
          ↑ 無関係           ↑ 別の主張
に対して「事故原因は 東電のミス だから 東電が全額負担する べきだ」と言う。

◇ 相手の挙げた根拠と かみ合っていない(ズレている)もの
(G) の根拠「自然災害 だから、誰にも賠償責任は無い 」に対して、
               ↑ かみ合わない
  「それじゃ被災者が かわいそう だ」 と言う。

◇ 相手の論を ただ否定 しているもの
(D) の根拠「国全体で取り組むべき課題 だから 国民全体で負担を分かち合う べきだ」
         ↑ かみ合わない           ↑ ただ否定
  に対して「東電管内以外の人に責任を負わせる のは おかしい 」と言う。
要するに、これらは 反論になっていない
主張に 根拠 を添えてはじめて 論 となる。「Aである」という論に対して、
◇ その根拠 を批判して「Aでない」(Aであるとは限らない)と言うのが 反論
◇ 別の根拠 を持ち出して「Aでない」と言うのは 異論
◇ 批判もせず、根拠もあげず に「Aでない」と言うのは 言いがかり 。
反論であれば 議論 になるが、異論であれば 平行線。言いがかりは 消耗 です。

☆ やまとことばのたおやかさ

 和語(=やまとことば=訓読みの日本語)と「てにをは」をうまく使って、やわらかい日本語で語ろう。そこに日本語の細やかさがある。今どきの日本ではその方が人の心に響く。(←↑和語で書いてみた)

  ◇ 「が」と「は」の違い 
  ◇ 「てにをは」の罠 
  ◇ 日本語に読点は要らない 

 「てにをは」を避けて漢語(=熟語=音読みの日本語)や英単語(=カタカナ言葉)を使う方が簡単だが、微妙なニュアンスを表現できない。ありきたりで読者のハートに届かない。(←↑熟語・英単語を多用してみた)

  ◇ 本はなぜ縦書きなのか? 

2019年5月1日水曜日

アッラーの神はどこにいるか?

 イスラム教では偶像崇拝を禁じている。だから、神をかたどった像も絵も無い。また、ムスリム(イスラム教徒)は「アッラーの他に神はいない」と言ってお祈りする。だから、宇宙のどこを探してもアッラー以外の他の神はいない。
 では、アッラーはどこにいるか?
 実はアッラーも結局はいないのである。アッラーがどんなものでどこにいるか、預言者ムハンマド(マホメット)以外には誰も知らない。誰もアッラーを感知したことなどないし、誰にもイメージさえできないものなのだ。つまり、イスラム教は究極の無神論である。
 ところで、実はアッラーはどこにでもいるのである。「アッラーの他に神はいない」ということは「神様はどれもこれもすべてアッラーだ」ということだ。雷もアッラーで、狐もアッラーで、スプーン曲げもアッラーなのである。つまり、イスラム教は究極の汎神論である。
 ムスリムの人たちの宗教観とボクら日本人の宗教観とは、案外似ているのである。



 宗教戦争って、仕掛けるのはいつもヨーロッパ人なんじゃないかな。
 たとえば聖地エルサレム。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地。もともとエルサレムに住んでる人はみんなアラブ人で、言葉も一緒、文化も一緒、顔つきも一緒、ただ宗教が違うだけで、みんな互いに尊重し合って、仲良く暮らしていたのさ。
 そこにヨーロッパ人がちょっかいを出すの。
◇ 「聖地を奪還する」と言って、ローマ教会が〈十字軍〉を送り込む。
◇ 「故郷へ還る」と言って、ヨーロッパのユダヤ教徒が〈イスラエル〉を作る。
もともとそこに住んでるキリスト教徒やユダヤ教徒はそんなこと思いつきもしないさ。その発想は、植民地や奴隷を作るのと同じ発想で、ヨーロッパ人特有の発想なんだろうと思うよ。

はじめての要約

(2007年4月)

 昨日の授業で「ポツダム宣言を要約する」をやりました。まず、その報告です。(教材は こちら をどうぞ)

 課題を見た途端、生徒が『なんじゃこりゃぁ!?』と驚くかなと思っていたのですが、そんな反応は特にナシ。妙に素直に「じゃぁやるしかないな」って感じで始まりました。
 50分の授業のうち、最初の5分で課題説明とパソコン起動。続く40分間、生徒は資料を見ながらパソコンをパタパタ。その間、ボクはボォーとしてました。最後の5分でプリントアウトしてパソコンをシャットダウン。なんとか全員、提出できました。
 さて、問題は中身なんですね。生徒が書いたものを、とりあえずパラパラっと見てみました。また、授業の後に何人かの生徒をつかまえて「どうだった?」と聞いてみました。それらをもとに、いまどきの高校生を斬って(?)みます。
 これから書くことは、「全体的に見たときの」ボクの見方です。例外は探せばいくらでも出てきます。またボクにとってのサンプルは、ウチの学校の生徒の分しかありません。それを承知で、始めます。

 やってみて気付いたこと、それは生徒たちには「要約する」という経験がほとんどないということです。

  • 国語の時間には、文章をとにかくじっくり読む。落としたコンタクトレンズを探すときのような、まなざしで。
  • 英語の時間には、テキストの全文を和訳し、あるいは短い和文をまるごと英訳する。
  • 社会の時間には、要約するのは先生。生徒たちはそれをじっと待って、試験前の暗記に備えてノートする。
  • ・・・(あーぁ、書いててイヤになってきた)・・・

 別の言い方をしましょう。
 先生は、答えが一つに決まるものしかやりたがらない(もしくは、出来ない)んです。だから生徒は、それに答えることこそが勉強だと思っています。この時点で「要約」がカリキュラムに入り込む余地はありません。
 えっ、「学校だったら、しょっちゅう作文や感想文を書いてるだろう!」って? 確かにそうです。しかし、作文や感想文では、思いついたことを書き散らして字数を埋めるだけです。要するに、作文も感想文も何を書いてもいいわけです。「ナンでもアリ」なんですね。
 しかも事実上、先生はこれを評価の対象としません(つまり、点数をつけません)。具体的にいうと、比較的出来の良いものをピックアップするだけで、結果として大半のものをムシします。ですから、生徒にとっては「ナンでもアリ→テキトーに書いて出せばいい」となるわけです。
・・・(あーぁ、だんだんカナシクなってきた)・・・

 ほぅら、「要約」なんて、どこにもないでしょ! どうも、生徒が「要約」するのは、この課題が初めての経験だったようです(・・・高校1年生ですよ・・・)。だとすれば、生徒がこれをうまくこなせないのは仕方がないんです。
 今回の授業で生徒が書いたもの、パラパラっと見た感じでは、次の2つのパターンのどちらかが多そうです。
パターン1:
正確に忠実にやろうとして、「1行条件」の壁の前で立ち止まる。
もしくは、一部のわかりにくい表現の前でフリーズする。
「唯一の正解を求める」姿勢が染み付いているんでしょう。
パターン2:
テキトーに行を埋めるものの、自分でも内容がつかめていない。
もしくは、設問をムシして、得意の「感想」を書く。
「自由に、思ったとおりに書きなさい」という作文指導の賜物ですね。
「答えが1つに決まるもの」をベースに置きつつ、「好き勝手に書くこと」をちりばめる。作文を書かせる回数は多いが、書き方の指導をしない。トレーニングもしない。マニュアルもフォーマットもない。「ポイントを押さえる」とか「わかりやすくまとめる」とか、そんな「かけ声」はあっても、「実践」はない。これが、ニッポンの学校なんです。

 生徒が書いたもの、これからじっくり読んで、10段階で評価します。
・・・(泣いてる場合じゃないぞ!?)・・・

カーリング同好会を作ってオリンピックを目指そう

 冬季オリンピックの競技の中で、ほとんど唯一と言ってよいであろう、危なくない競技。
 冬季オリンピックの競技の中で、雪・風などの自然環境に左右されない、安定した競技。
 冬季オリンピックの競技の中で、審判の主観に振り回されない、珍しく公平な競技。
 それがカーリング。

 冬季オリンピックで行われる他の競技と言えば、飛んだり回ったりひねったりで危険極まりない。風が吹き、雪が降って、雪面・氷面の状態がコロコロ変わり、さて力と運とどちらの影響が大きいか。挙句に審判の心象が加味されるとなれば、どこに客観性・公平性を見いだせるのだろう。そういう危なっかしさ・不安定さ・怪しさが一切ないのがカーリング。
 そうだ、カーリング同好会を作って冬季オリンピクを目指そう! 可能性あるんじゃないか?
 本当はそんなこと微塵も思っていないが、東京の学校でスキーやスケートをやるよりはもしかしたら良いかもしれないな、と考えてみた。