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2021年2月8日月曜日

「地球は今の世代で終わりになってしまうかも」(ユニクロの柳井氏)

 ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の2021年2月2日の記者会見での発言。

「このままでは地球は今の世代で終わりになってしまうかもしれないと考えている。そうならないためには、全世界の人々、企業が、人類全体の将来を考えて、経済活動はどうあるべきか、地球環境はどうあるべきか、自分のビジネスはどうあるべきか、本当に真剣に考えて行動しなければいけない」と訴えた。

温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指し、サプライチェーンやオフィス、店舗が取り組む具体的な取り組み目標を2021年内に定める。

柳井氏は「サステナブルであることはすべての前提である」とした上で、「会社の存在そのものが社会をよりよくする会社になるために、我々は本気で行動することをお約束します」と強調した。

質疑応答では「地球そのものが有限であることをもう一回自覚すべきだ」と指摘。

「サステナビリティレポート2021」を発表した。

2020年12月25日金曜日

☆ お金という臆病な生き物

 お金に振り回されないために、お金と上手に付き合うために、ときにはお金についてじっくり考えてみましょう。

  ◇ お金という臆病な生き物 
  ◇ 「格」と「差」の間に 
  ◇ 国内総生産のカラクリ 

 お金って案外バカバカしいものなのかもしれませんよ。


「格」と「差」の間に

 「差」とは「収入の差」のことだ。あるいは「貧富の差」のことだ。「格差」という言葉を使う人の間で、そこにブレは無かろう。
 では、「格」とは何者か? 「差」といえば十分であるかもしれないのに、なぜ「格」をつけるのか? そこにどんな意味を込めているのか?

 探ってみよう。「格」という文字は「性格、人格、品格、風格」のように使われる。しかし、いずれの使い方においても、「お金」という意味合いはどこにも無い。さて、いかなる理屈で「格」と「差」がつながるのか?
 「教育格差」という言葉もある。その意味は単に「学力の差」ということではない。むしろ焦点は「教育にかけられるお金の差」にある。「貧富の差」が「教育の差」を生んでいるという主張だから、ここでも「格差」はお金と結びついていると考えざるを得ない。
 「格差」という言葉が出てくる発端は、いつもお金の話なのだ。それでいてこの言葉は、人の価値みたいなものを中途半端に匂わせる。説明不足なのだ。 話が飛び過ぎなのだ。だから人を戸惑わせるばかりで、何のヒントも与えない。
 こう言いたいのだろうか? 「収入の差」が「性格、人格、品格、風格」に影響して「人間の格付け」を決める、と。厳しい物言いであるが、「格差」という言葉にそういうニュアンスを感じないわけではない。そして、そういう面もあるのかもしれないな、とも思う。

 でも、それにしても「格」と「差」にはずいぶん開きがある。「収入の差」がいかにして「格の差」になるというのか? 「お金の差」がいかにして「人の格」に作用するのか? その間をもうちょっと埋めてみた方が、事態がよく見えるんじゃなかろうか?


2020年12月5日土曜日

国家は何のためにあるのか?

◇ 国家は何のためにあるのか?
 経済のグローバル化が進んで人と物の移動が盛んになれば、賃金も物価も世界で同じ水準に近づいていく。それがグローバル経済の1つの帰結である。その意味では世界は1つになっていくということだが、一方で国家の枠組みがなくなる気配は今のところ無い。
 ところで、国家が何のためにあるかというと「税を取り立てるため」にあるのである。税金を納めたくないなら独立すればいいのだが、それをやろうとするとどうなるかというと、国家はそれを阻止するために軍事攻撃を仕掛けてくる。つまり「圧倒的な軍事力を背景にして、強制的に税を取り立てる仕組み」、それが国家の本質である。
 もしあなたが「軍事力とは外国と戦うためのもの」と考えているとしたら大きな勘違いだ。それ以前に「国民を従えるために、国民が逆らわないようにするため」に軍事力はあるのである。現に世界の軍隊の多くは内戦もしくは国内での騒動を鎮圧するために投入されている。アフリカでも中東でもロシアでも中国でも、多くの場合、銃口は自国民に向けられる。

◇ それでもあなたは日本で働きますか?
 グローバル経済の帰結として出てくるのは、世界の賃金水準が等しくなっていくこと。つまり、これからの時代、職種が同じなら、おそらくどこで働いても収入はそんなに変わらないだろうということだ。あなたは日本で働いてもいいし、外国で働いてもいい。あなたは自由に選べる。選ぶのは、あなただ。
 一方で、国家の枠組みは当分のあいだ残るだろう。そして国家にはそれぞれの事情がある。日本の特殊事情は2つ。少子高齢化と国債残高だ。そしてそうなると、税が違ってくるのである(上に書いたように、そのために国家があるのだから)。日本で働いた場合は、年寄りの世話と借金返済のために、稼いだうちのかなりを部分を取り上げられそうな勢いである。
 さて、あなたは日本で働きますか? それとも外国で働きますか?

2020年12月3日木曜日

「税」の成り立ち

 のぎへん(禾)は穀物を表し(稲、穂、稔)、つくり(兌)は薄くはぎ取るさまを表す(脱、説、鋭)。
 つまり、汗水ながして手に入れたものを、べりっ、べりべりっと1枚ずつはぎ取るのが「税」である。

・・・ と同僚の政経の教員が言ってた。いたそぅ 。。。

同一労働同一賃金が起きる場所

 先進国と発展途上国の給与水準と物価水準はこれまで大きく開いていたが、これからはだんだん近づいていくだろう。それがグローバル経済の一つの帰結である。人と物が国境を越えて自由に行き来するこれからの世界では、これまでの先進国で給与水準が下がり、物価水準も下がる(デフレ)のは必然である。 別の言い方をしよう。日本の高い人件費を避けて、工場が人件費の安い発展途上国に移転する動きがあるが、それを阻止するのは簡単だ。日本人の賃金を下げればいいのである。そうすれば、工場は国内にとどまる。
 いや、無理に下げなくても、工場が移転した先では人件費が上がり、工場が去った日本では人件費が下がって、その差はだんだん小さくなっていくだろう。需要と供給の関係を考えれば、そういうことになる。

 「同一労働同一賃金」という言葉がある。 最近の使われ方は、こうだ。「正社員と派遣社員が同じ仕事をしているのに賃金が違うのはおかしい。派遣社員の給与を正社員並みに引き上げろ」と。この言い方の前半部分は正しいが、後半部分は間違っている。
 逆だ。派遣社員の急増は、日本人の人件費を下げる方向への力がすでに働いていることの現れである。でも、まだ終わっていない。労働者の一部はすでに賃金が下がり始めているが、これからは残りの労働者の賃金が下がるだろうからである。むしろ、今後は「正社員の給料が派遣社員並みに下がる」ことを想定するべきだろう。そういう形で、同一労働同一賃金になっていくのだろう。
 ブルーワーカー(工場労働者)だけではない。ホワイトワーカー(オフィス労働者)も間もなくそうなるだろう。日本のホワイトワーカーが外国のホワイトワーカーに比べて生産性が特に高いわけではないだろう。であれば、日本のホワイトワーカーだけが高い賃金をこれからも得つづける道理などあるはずがない。
 同一労働同一賃金は世界規模で起きるのである。その動きは、日本人の給与水準がミャンマー人の給与水準と同じ程度になるまで続くだろう。ちなみに、物価水準も下がるから、必ずしも日本人が貧しくなるとは限らない。

2020年4月27日月曜日

今こそ看護師のストライキにエールを送りたい

 看護師の皆さんは、今こそ次の要求を掲げてストライキやったら効果的なんじゃないかな。
  1.  基本給の大幅アップ
  2.  きっちりと時間外手当て
  3.  危険手当てをたんまりと
医者と比べて看護師の給与は安すぎる。介護士や保育士もそうだが、仕事量や責任に比べて待遇が悪すぎると思う。それを改善するのに、今が良いチャンスなんじゃないかな。みんなで力を合わせる時なんじゃないか。
 もし看護師の人たちが上のようなことを掲げてストライキをやったりするなら、僕は応援したいな。
 声で応援されるより、拍手されるより、他の形で評価されたい・支えてほしいと思っている人も多いはず。要求を掲げながら、
  •  何一つ要求をのまないなら、出勤しない
  •  一部しか要求をのまないなら、時短する
  •  危険手当て出さないなら、在宅勤務する
これくらい言って良いと思うな。医療関係者の方には頑張ってほしいけど、割りに合わない頑張り方はしない方が良い。
 僕は看護師の方々の待遇改善にエールを送りたい。

2020年4月10日金曜日

働く意義

働くことの意義はお金を稼ぐことだけじゃない。お金を稼ぐことはその一部にすぎない。
働くことで喜び・充実感・達成感を味わうこと。ひいては社会に貢献すること。
働きながら経験・技能・知識を身につけること。ひいては人として成長すること。
働く上で、これらもお金を稼ぐこと以上に大事な要素である。

お金と貢献と成長、これらすべてを得られる職場が良い職場である。
そういう職場において、労働者は受け取るお金に見合う利益を組織にもたらし、
組織を通じて社会に貢献し、自らの成長を糧に組織を成長させることができる。
組織が利益を得、社会貢献を果たし、成長するためにはこれが唯一の方法である。

したがって、従業員に十分な給料を与えることは経営者の責任である。
部下にその適性に応じて仕事を与えることは上司の責任である。
そして、職域に応じて成長し社会貢献することは組織に属するすべての者の責任である。
そうでなければ労働者が何十年も働き続けることはできないし、組織も長続きしない。

2020年4月8日水曜日

コロナ対策で現金支給が切り拓くベーシック・インカムな未来

 コロナウィルス感染に対する政策として「現金支給」という話が出ている。ターゲットを絞って支給する策も考えられるが、それには「基準が曖昧、時間がかかる、不正受給がありうる」などのデメリットがある。そこで、むしろ「全員に一律に支給するのが良い」という考えがある。そうなると富裕層にも支払われることになるが、それについては「所得税を上げる」などして後で調整することが可能だ。
 ところで、今あげた最後の策、すなわち「全員に一律に生活費を配る一方で、高額所得者の納税でそれを賄う」という策は、ベーシック・インカムと同じような仕組みだ。でも考えてみると、コロナ騒動であろうとなかろうと経済的に困窮している人は大勢いるのだから、今だけに限らず、今後も現金支給があっても良いわけである。そしてそうなると、それはベーシック・インカムそのものになるのである。
 今回はコロナ対策で現金支給となったにせよ、この実績がベーシック・インカムな未来を切り拓くことになる可能性もあるのである。スペイン や イギリス でもそのような話が出ているらしい。そう考えると、コロナ騒動は悪いことばかりじゃない・・・かも。


《関連記事》
◇ 第4次産業の時代
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/03/blog-post_6.html )
◇ アンパンマン・ワールドの経済学
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/03/blog-post_78.html )
◇ ぶったるんでる君らに贈る、勉強論・仕事論
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/04/blog-post_39.html )

2019年5月19日日曜日

☆ 日本経済の見えない未来を見てみよう

 先が見えない時代というけれど、見えないなりにこの先を見てみたい。マルクスよりもよっぽど分かりやすい資本論、ピケティよりもよっぽど使える資本論です。

  ◇ 成長の時代と成熟の時代 
  └→ 第二次世界大戦で世界はリセットされた
  ◇ 日本の高度成長は何だったのか? 
  └→ 国の豊かさと個人の豊かさ
  ◇ 成長の終わりの始まり 
  └→ 交易条件が変わった
  ◇ なぜバブルは起きるのか? 
  └→ 資本主義は拡大することでなりたつ
  ◇ これから先も日本が先頭を走るだろう 


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2019年4月3日水曜日

お金という臆病な生き物

◇ お金の威力
 お金の威力は、あらゆるものの価値を1つの指標で表す点にある。物の価値も、労働力も、土地も、慰謝料も。そして時には人の命までも。もちろん、会社の価値や他の通貨の価値を測る指標でもある。それが株価であり、為替レートである。
 単なる物差しと言えばそうなのだが、あらゆるものの物差しになりうるという点こそがお金の威力である。その点では、お金に変わるものは無い。「たくさんあればいろいろ買える」などというのはおまけにすぎない。

◇ お金という生き物
 お金というものはとても臆病な生き物だ。自分がいつ役立たずになってしまうかもしれない。そうなることを恐れて、いつも逃げ場を探している。自分がいつ無価値なものになり果てるかもわからない。そうならないように、いつも逃げ回っている。
 人がもうけ話に誘われて株価や為替が動くのではない。逃げ回った結果として価格が動くのである。なぜそんなにも臆病なのかというと、実体が無いからだ。

◇ お金という幻想
 お金は要は紙切れに過ぎない。いや、いまどきのお金は紙切れですらない。それは通帳のインクのシミであり、コンピュータを流れる電気信号にすぎない。
 では、なぜ人がそんなものをありがたがるのかというと、そういうことになっているからだ。もう少し正確に言うと、「『そういうことになっている』とみんなが思っている」とみんなが思っているからだ。
 「私は『王様は裸だ』と思う。けれども、他の人は『王様のお召し物は素晴らしい』と思っているようだ」みんながそのように考えれば、「王様のお召し物は素晴らしい」ことになる。同様に「お金はありがたい」のだ。

◇ お金が紙切れになる日
 いつの日にか、お金が紙切れになるとき、すなわちお金が無意味になるときが来るのだろうか。第3次世界大戦が起きたとき? 巨大隕石が地球に衝突したとき?
 そういうことも無いとは言えないが、もう少しありそうな局面は世界的な食糧危機が起きたときだと思う。そのとき人は都会を離れ、食糧生産に励むことになるだろう。そして、食糧が物の価値を測る指標になる。こうしてお金は指標としての威力を失い、逃げ場を失い、幻想が崩れて、紙切れに戻るのである。


2019年4月2日火曜日

円文化圏

 東アジア各国の通貨単位、日本は「円」、中国は「元」、韓国は「ウォン」、台湾と香港は「ドル」ということになっているが、要は全部「円」(旧字体では「圓」)なのである。

国・地域単位コード紙幣の表記通貨記号
日本円JPY円¥
中国元CNY圓¥
韓国ウォンKRW(ハングルのみ)W
台湾ドルTWD圓NT$
香港ドルHKD圓 または 元HK$

 中国・台湾の紙幣には「圓」と書いてある。
 韓国の紙幣にはハングルと英語しか書いてないが、ウォンを漢字で書くと「圓」となる。
 香港の紙幣には発行銀行によって「圓」か「元」のどちらかが書いてある。
 
 こうしてみると、1つの文化圏なんだなぁと思う。「円文化圏」である。ならばさらに一歩進んで、「円経済圏」になるのも悪くないんじゃないかなぁと思う。竹島にも尖閣にもボクは何の利権も持っていないので、それが日本のものでも円経済圏のものでも同じだし。

パナマ文書はどこから流れてきたか?

(2016年6月)

 パナマ文書はどのようなルートを経て流れてきたのか。それはおそらく当分は明らかにならないだろう。少なくとも今現在はそれに関する報道はない。けれども、国家機密が数十年後には明かされることがあるように、パナマ文書の流出経路も数十年後には明らかになる可能性はある。
 だから推測の域を出ないのだけれど、それでも推理することはできる。そこで果敢に推理してみよう。そうすれば、ドンピシャリの正解でなくとも、おおよその流れはつかめるかもしれない。さもありなんと思っていただければ幸いである。

 まず手段から考えよう。どうやってパナマにある企業(法律事務所)からデータを入手したのか。それについては、今どきのご時勢を考えれば、サイバー攻撃によるものだと考えるのが妥当だろう。
 世界にはたくさんのハッカー集団がある。日本でもアメリカでも民間企業や国家機関がハッカーに攻撃されたり、情報を盗まれたりということがしばしば起きている。
 国家主導でハッカー組織を組織していることもある。よく言われるのは中国だが、アメリカやロシアなども他国の情報をハッキングしていることだろう。その点については日本は攻めも守りも甘いが、サイバー戦争という言葉があるように、世界の多くの国で攻撃と防衛の両面でハッキングの腕を磨いている。それが世界の常識である。
 では、サイバー攻撃を仕掛けたのは、どこのハッカー組織によるものか。それについては、パナマ文書が世に出た地点をみれば見当がつく。
 パナマ文書の存在を明らかにしたのは、ドイツの新聞社「南ドイツ新聞」だった。本社はドイツ南部の都市ミュンヘンにある。誰かがそこに電子データを持ち込んだのだ。
 その地は、米ソ冷戦時代において西側諸国の最も東、東側諸国と向き合う最前線だった。東ドイツやチェコと目と鼻の先である。冷戦当時、その地は東側諸国に対する諜報活動の拠点だった。そういう歴史がある場所で、サイバー戦争に備えるべき現代において、今も諜報活動をしていても不思議はない。
 そのことを念頭に置いて、再び「サイバー攻撃を仕掛けたのは、どこのハッカー組織によるものか」と考えたとき、最も自然に出てくるのは「ドイツの諜報機関」である。
 もちろん、証拠はない。先ほど書いたように、本当のところは当分明らかにならないだろう。でも、だからこそ推理するべきだし、私なんぞが推理しても許されるのだ。推理を続けよう。

 ところで、タックスヘブンの情報を手に入れて公表することに、ドイツとしてのメリットはあるだろうか。つまり、動機はあるだろうか。大いにあるのである。
 それはドイツがEUの中心になっていることと大きく関係している。たとえば財政破綻寸前のギリシャを経済大国ドイツが支えている実態があるが、その負担に対してドイツ国民から不満の声が上がっている。ギリシャの財政が健全化するためにはきちんと税を集めなければならないわけで、ドイツはギリシャに対してそれを求めているのだけれど、ギリシャの金持ちがタックスヘブンに逃げてしまったら、ギリシャ財政の健全化は望めない。
 そして、その問題はギリシャだけに限らない。ドイツ本体にとっても同じことだ。「金持ちは税を逃れて、貧乏人が税をむしり取られる」という視点は個人レベルではわかりやすい話だが、国家レベルの視点でみると「徴税がうまくいかないことは、国家存亡にかかわる事態」なのだ。
 しかもEU内にもタックスヘブンがある。ルクセンブルクやモナコ公国(モナコはEUには加盟していないが、EUの中に位置していて、ユーロを使っている)である。そして実はイギリス国内にもある。イギリスはもともとイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの連合国であって、地方の権限が強い。結果として、イギリス国内にタックスヘブンがあるのである。しかもそのイギリスにはEUから離脱しようという動きがある。イギリスを含むタックスヘブン国に対してドイツが警告を発するのは、いかにもありそうなことだろう。
 以上まとめると、

  • パナマ文書の流出経路のうちわかっているのは、南ドイツの新聞社からである。
  • その地は冷戦時代において諜報活動の最先端だった。
  • EUの盟主ドイツはギリシャなど税制基盤の弱い国に対して実質的に資金負担をしている。
  • EU内にもタックスヘブンがあり、その1つがEU離脱の動きのあるイギリスである。
  • タックスヘブンの問題は、世界中の国家にとって国家の基盤を揺るがす問題である。

これらのことから「ドイツの諜報機関がサイバー攻撃によってデータを得た」と私が推理した次第である。そして「地元の新聞社を通じて世界の報道機関にデータを流した」ということだ。

 ところで、戦争を禁止する条約がないのと同じように、サイバー攻撃を禁止する条約はない。それどころか、各国ともサーバー戦争を想定して、攻撃と防御の両面で備えているのが現実だ。また、タックスヘブン(租税回避地)に資産を移すことが違法でないように、他国をサーバー攻撃することは違法ではない。それどころか、優秀なハッカーは民間企業からも政府機関からも引く手あまたである。
 仮にドイツの諜報機関のハッキング行為によるものだとして、私はそれを非難するつもりはない。むしろ拍手を送りたいくらいである。「メルケル、よくやった」とハグしたい気分である。

所得税の最高税率はなぜ下がったのか?

 財務省のサイトに「主要国の所得税率の推移」が載っている。それを見ると、1980年以前の日・米・英の所得税の最高税率は70%~83%と高かった。地方税を除いた国税分だけの数値である。
 現在の日・米・英の所得税の最高税率は37%~45%である。1980年以前と比べて30~40ポイントも下がったことになる。財務省のサイトには出ていないが、他の先進国も同じような推移を辿っている。
 税金の大きな役割は所得再分配であるが、この変化を見ると、福祉国家は過去のものになったということなのかもしれない。そして、経済格差が広がるのは当然の結果と言えるだろう。

 さて、問題は「所得税の最高税率はなぜ下がったのか?」である。あるいは、言い換えると「かつての最高税率はなぜ高かったのか?」である。
 ズバリ答えを言おう。かつての最高税率が高かった理由は「平等社会を謳う共産主義に対抗するため」である。最高税率が下がった理由は「共産主義がほとんど崩壊したから」である。
 すなわち、かつての西側政府にとって最高税率を高くして所得再分配効果を強くしておくことは、自国民が共産主義に惹かれないように、「資本主義でも平等に近い社会が築ける」ことを自国民に知らしめるために必要な施策だったのだ。そして共産主義がほとんど崩壊した現在、その必要性が無くなったから、所得を再分配する必然性も無くなったということだ。
 他に理由は無い。だから所得税の最高税率は下がったのである。

「ふるさと納税」は政府公認のタックス・ヘイブンか?

(2016年末)

 今日、駆け込みでふるさと納税の手続きをした。形の上では納税あるいは寄附だが、僕のお目当ては返礼品という名の商品だから、僕にとっては事実上の減税みたいなものだ。
 その事情は自治体にとっても同じで、税金の一部を商品で返すのだから、その分だけ自治体の収入は減る。自治体が多くの人から税を集めるためには返還率(納税額に対する返礼品の価値の割合)を上げればよいわけで、そう考えると自治体にとっても減税と何ら変わらない。だからこの制度は「税率下げ競争」に簡単につながりそうで、その意味ではタックス・ヘイブン(租税回避地)がやっていることと同じだと言えなくもない。
 そんな気がしてふるさと納税にこれまであまり乗り気ではなかったのだが、日本政府公認の制度があって、それをやることで僕自身が有利になるのだから、経済合理的に考えればやらない手はない。手間暇は増えるけれど、それも含めて納税者がやるべきことだとも言えるので、試しにとやってみたわけだ。
 たぶんこれからいろんな商品が家に届く。事実上タダ(無料)で物がもらえるわけだ。この制度、少数の人がやっているうちは問題にならないだろうけれど、大勢の人がやり始めたら途端に矛盾が噴き出す(どの自治体も得しない)んじゃなかろうか。

2019年3月25日月曜日

これから先も日本が先頭を走るだろう

◇ これから先も日本が先頭を走るだろう
 第二次世界大戦の焼け野原から、日本は最初に復興した。そして、他の途上国が発展する過程で、それに便乗する形で日本は成長した。日本はアメリカを追いかけて、一時期はアメリカを追い抜いた。日本は製造業で世界のトップに立ち、同時に国民も豊かになった。気が付けば、日本は資本主義の先頭を走っていた。
 そして、世界で最も早く行き詰った。そのように見るべきなのだろう。そして、欧米より先にバブルが発生し、真っ先にバブルがはじけた。現在のところデフレ状態にあるのは日本だけだが、資本が行先を見つけられないことがその原因だとすると、欧米でもまもなくデフレになるんじゃなかろうか。
 さて、この先どうなるのだろう。それは、誰にもわからない。けれども、私は思うのだ。この先どうなるかはわからないけれども、どの方向に進むにせよ、日本がやっぱり先頭を走るのではないだろうか。
 いま豊かになる途上にある国々は、当面その路線を進んでいくのだろう。けれども、先に豊かになった日本は、かつて世界の製造業を独占していたような状況から比べれば、当面縮小していかざるを得ない。先ほど述べたように、物を作って売りたい国が増え、搾取に甘んじながら高く買ってくれる国が減ったからである。
 この状況で否が応でも先頭を進むのは、今の日本の若者、子供たちだ。今の四十代以上の大人は基本的にみんな逃げ切りを図っているから、彼らには道を切り開くことはできない。企業の幹部も、君たちの親も、学校を仕切っている先生たちも、みんな「成長の時代」に育って、その価値観を引きずっている人たちばかりだから、彼らの後をついていってもおそらく道は開けない。それよりも、君たちの方が的確に世の中の変化を捉えているはずだ。大人たちの言うことを聞いてしんがりを進むより、君たちの感性に従って先頭を進んだ方がおもしろいんじゃないだろうか。じり貧になるにせよ、どん詰まりになるにせよ、新しい社会が開くにせよ、僕らの前にあるのはいつもフロンティア。そう考えると、案外楽しい。


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なぜバブルは起きるのか?

◇ 資本主義は拡大することでなりたつ
 昔のお金は物々交換の仲立ちだったが、今のお金にはそれをはるかに超えた意味合いがある。もちろん物々交換の仲立ちとしての意味合いも残っているが、それは貧乏人がはした金を使う場合の話である。金持ちにとって、あるいは企業にとって、お金は物を交換するためにあるのではない。彼らにとって、お金はお金を生み出すためにあるのだ。お金は物を生み、物はお金を生む。そうやって自己増殖する。これが資本である。雪だるま式という言葉があるが、転がりながら拡大し続けることが資本の役割であり、条件でもある。
 資本主義は拡大することでなりたつのである。拡大再生産できると見込めるところに資本が投じられるのであって、単純再生産、ましてや縮小再生産することが分かっているようなところに資本を投じる資本家はいない。拡大再生産とは「利潤を得ながら資本を増やすこと」で、これが資本の目的である。単純再生産とは「得も損もしない=資本が増えも減りもしないこと」だから、資本にとっては何もしていないに等しい。縮小再生産とは「赤字=やればやるほど資本が減ること」だから、そんなことをするくらいなら資本を寝かせておく方がマシである。
 そして、資本が拡大するためには未開拓地があることが条件である。アメリカの西部開拓時代に言われた「フロンティア・スピリッツ」という言葉が資本主義の本質を現わしている。そしてこれは資本主義のジレンマでもある。未開拓地を開拓していけば、やがて未開拓地が無くなるからである。未開拓地が無くなれば、資本は拡大できなくなって、資本主義そのものが成り立たなくなる。


◇ なぜバブルは起きるのか?
 成長の時代が終わって、成熟の時代になった。けれども、人は成長を夢見る。資本は拡大しようとする。新しい市場を開拓しようとする。そして資本が向かった先が、土地であり、金融であり、新しい通貨であった。バブルの発生である。いずれも当初はうまくいった。拡大再生産できたからである。そこは確かに未開拓地だった。
 いずれも実体を伴わない空間だったが故に、急スピードで開拓が進んだ。そしてまもなく行き詰った。バブルの崩壊である。1980年代に日本で土地バブルが発生し、1990年代にアメリカで金融商品が開発され、2000年代にヨーロッパで新通貨ユーロが誕生した。日本の土地バブルとアメリカの金融バブルはすでに崩壊した。ヨーロッパではいま現在ユーロ危機のさなかにあるが、これもバブルの一種だとすれば早晩崩壊するに違いない。
 それでも、バブルの発生から崩壊するまでの期間を通じて、資本は資本の役割を果たした。すなわち、資本は自らを拡大させることに成功したのである。ところで、実質的な成長を伴わないバブルでなぜ資本が拡大したのかというと、反対に縮小したものがあるからである。日本のバブル景気で儲けた人・企業がある一方で、損を抱えた人・企業がある。アメリカの金融バブルでウォール街は大儲けしたのだろうが、リーマン・ショックで家を失った多くの人がいる。ヨーロッパの通貨統合で得した企業がある一方で、いま苦しんでいる人がいる。
 成熟の時代はゼロサム経済の時代でもある。途上国が発展する過程ではのべの富が増えるから先進国と途上国の間で純増分を分け合うことができるが、ゼロサム経済においては富の量が変わらずに富が移動するだけである。全体としてパイが増えない状況で、誰かが得すれば誰かが損するということだ。
 それでも資本が拡大するのが資本主義経済のお約束である。そして、バブル経済において誰かが犠牲になるのは資本主義の宿命である。だから、そのことに文句を言っても始まらない。それよりも、バブルでしか資本を拡大させられなくなったこと、そしてバブル経済によって経済格差が確実に広がることに資本主義経済の限界を見るべきだ。
 バブル経済は姿かたちを変えてまだまだ続くだろう。資本主義経済の限界は見えてきたが、次の経済システムはまだ見えなくて、資本主義経済の一形態であるバブル経済の終わりもまだ見えない。景気対策という名の財政バブル、金融緩和という名の消費バブル、TPPという名の貿易バブル、意図するしないにかかわらず、後で振り返ればいずれもバブルと呼ばれるだろう。
 いま政府が言っている「成長戦略」や「景気対策」も同じだろう。受注した企業が利益を上げれば(当然そうなるはずだ。それが当初の目的なのだから)、必ず損する人が出る。財源が税金なら損するのは国民で、国債を発行すれば損するのは将来世代だ。


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成長の終わりの始まり

◇ 成長の終わりの始まり
第2次大戦直後、世界の先進国はアメリカだけだった。日本と西欧がそれに続いた。この頃は途上国が発展する過程にあって、それに便乗する形で日本は高度成長を遂げた。
 けれども、その環境はすでに変わった。新興国が出てきた時点が、終わりの始まりである。韓国や台湾は日本の高度成長期には発展途上国だったが、今では先進国の一員である。次に控えるのが、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・チャイナ)と言われる国々である。かつては先進国の成長を支える立場だったものが、今では先進国と争う立場になった。
 一方で、これから成長するであろう地域は残り少なくなった。中国や東南アジアの人件費も上がってきて、「次に進出するべきはミャンマーだ、バングラだ」とか、「最後のフロンティアはアフリカだ」とか言う声があるが、もう地球上に残された未開拓地は多くない。
 開拓を進めるうちに、既開拓地が増え、未開拓地が減った。既開拓地の住民は今度は開拓者として未開拓地に乗り込もうとする。けれども、残り少ない未開拓地に大勢の開拓者が押し寄せる状況では開拓者全員が開拓地を広げることなどできようがない。

◇ 交易条件が変わった
シンプルに語ろう。先進国は途上国に工業製品を売る。途上国は先進国に食料・地下資源・労働力を売る(要するに、途上国が先進国に対して売れるのは、食料か資源か労働力くらいしかないということだ)。概ねこれが先進国と途上国の交易の姿だ。
 先進国が少数派で、途上国が多数派だった時代には、工業製品には高い値がつき、食料・資源・労働力は安かった。需給関係を考えれば自然なことだ。だから、この時期の日本は栄えたのである。安く資源を買って、製品を高く売り、そうして稼いだお金で食料を安く買っていたのだから、豊かにならないはずがなかった。
 ところが、先進国が増えて、途上国が少なくなってくると、交易条件も変わる。まず、工業製品を売ろうとするライバルばかりが増えて、売り込む先が少なくなるのだから、日本のシェアが減るのは必然である。また、需給関係を考えれば、工業製品の値段が下がり、食料・資源・労働力の値段が上がる。すなわち、日本がシェアを落としながら、かつ利幅を減らすのは、これもまた必然なのである。
 日本は物作り大国として豊かになった。また豊かになった理由が人手のかかる物作りであったが故に、その豊かさが国民に分配されて国民みんなが豊かになった。けれども、そんな時代は終わったのである。日本全体として豊かになることが難しくなると同時に、国民一人ひとりが豊かになるのはもっと難しい、そういう時代になったということだ。


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日本の高度成長は何だったのか?

◇ 日本の高度成長は何だったのか?
 第2次大戦後、アメリカが世界中にドルをばらまいて、日本がそれを回収してまわった。日本の高度成長を単純に言えば、そういうことになる。
 通常の貿易において輸出と輸入はおよそバランスを保つものだが、世界通貨ドルだけは例外である。アメリカ以外の国はドルを手に入れないと世界貿易に参加できないから、最初はまずドルを貯め込まなければならない。アメリカ側から見れば、ドルが世界にあまねく広がっていくまでは、アメリカは輸入して消費する一方でも成り立つということだ。
 戦後アメリカが最初にドルをばらまいたのは日本だった。復興のための資金は、アメリカがただドル紙幣を印刷すればよかった。日本のモノをアメリカが買うにあたっても、インフラ整備のための労働力を確保するにあたっても、アメリカは印刷したドル紙幣を日本に渡せばよかったのだ。そして、だんだんと日本はドルを蓄えて、世界貿易に参加できるようになった。
 後進国が経済発展する過程は次の2点で説明できる。1つは、後進国から先進国に一方的に輸出してドルを蓄えること。この際、1次産品(食料や地下資源)を安く売ることになる。高い2次産品(工業製品)を買うためである。もう1つは、先進国がドルを持って乗り込んで、インフラを整備し、工場を立ち上げること。目的はもちろん、先進国が利益を上げるためである。この際、後進国の人件費は安く抑えられる。後進国はこの2つの搾取の構造に耐え、そのおこぼれにあずかりながら、少しずつ経済発展するのである。
 日本がいち早く経済発展できた最大の理由は、アメリカによる占領にあった。他のどの地域よりも早く、大量のドルが流れてきたからである。でも日本はアメリカにはなれない。円が世界通貨でないからである。一方のアメリカは、他の後進国でもドルをばらまいた。そこで日本はどうしたかとうと、アメリカがばらまいたドルの回収に走ったのである。すなわち、工業製品を売りまくったのである。
 こうして日本は高度成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。

◇ 国の豊かさと個人の豊かさ
 ところで、国が豊かになることと国民が豊かになることは同じではない。国民が豊かになるためには、国が豊かになることに加えて、その豊かさが国民にうまく分配されなければならない。
 では、高度成長下の日本ではどうだったかというと、分配がうまくなされたのである。そして、分配がうまくなされた訳は、日本が製造業大国だったその点にこそある。
 極端にいえば、日本は世界の製造業を一手に引き受けたのである。しかも、製造業は人手がかかる。だからその時代の日本はほぼ完全雇用の状態にあった。こうして日本の国が豊かになると同時に、その豊かさが国民に広く分配されたのである。「1億総中流」という言葉がその時代を象徴している。
 その点において、先進国の中でも日本は異例の存在だった。アメリカでは経済格差が広がり、西ヨーロッパでは階級社会が維持された。もちろんアメリカにも西ヨーロッパにも製造業はあったが、日本との比較でいうと、アメリカは金融(ドルの特権)と資本(戦前・戦中の蓄積)で豊かになった。一方、西ヨーロッパはブランド(ファッションや車など、今でもそうだ)で豊かになった。けれども、金融や資本やブランドで国が豊かになっても、国民一人ひとりが豊かになるとは限らない。それに対して日本は、物づくりで栄えたが故に、国民みんなが豊かになったのである。
 いずれも過去の話である。


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成長の時代と成熟の時代

◇ 成長の時代と成熟の時代
全体として成長していた時代には、個々に見ればその度合いがいろいろであっても、ダメならダメなりに成長していた。人口が増え続け、物が行き渡る途上にあって、効率の悪い企業もそれなりに業績を伸ばし、ダメな社員もそれなりに出世した。ざっくり言えば、よほどの粗悪品でなければ作れば何でも売れた時代たっだわけで、放っておいても企業は拡大し、それに伴って若い社員がどんどん入ってきたわけだから、上の世代は自動的に出世したのである。これが成長の時代である。
 さて、日本はすでに成熟の時代に入った。それは全体として横ばいの時代である。人口は減り始め、日本中に要るモノ要らないモノを含めて物があふれ、もはや全体として成長することは考えにくい、そんな時代である。そして、その中で企業業績や社員の能力に差があれば、ダメな企業や社員はマイナスに転じることになる。こうなると企業であれば倒産し、労働者なら失業する。みんながプラスを維持することはできないのだから、誰かがそうなるのは当然だ。

◇ 第2次世界大戦で世界はリセットされた
 日本経済がこれまで来た道、この先続く道を考えるには、第2次世界大戦以降を振り返ってみればいい。第2次世界大戦で世界経済はリセットされたからである。
シンプルに語ろう。第2次世界大戦で日本は焼け野原になったが、ヨーロッパも同じだった。敗戦国ドイツ・イタリアだけでなく、戦勝国イギリスもフランスも戦場になって、生産基盤を失った。
 そんな中で唯一、戦場にならなかったのがアメリカである。アメリカはむしろ軍需で儲けたクチであって、その点でもアメリカは世界で唯一の国だった。そして、それ以外の地域は後進国だった。つまり、第2次世界大戦後すぐの状況は、アメリカだけが先進国で、他は焼け野原と後進国ばかりだった。
 ここが話のスタートラインである。日本の未来を考えるとき、太古の昔までさかのぼる必要はない。戦後から語り始めれば、未来が見える。


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