2019年3月31日日曜日

骸骨の艶かしさ(ミャンマー)

(2017年夏)

 ミャンマー南部 Myeik(ベイ)は港町。乾季ならここからアンダマン海の島に繰り出すところだが、雨季の今ツアー・ボートは出ない。
 今日バイク・タクシーで造船所を訪ねた。その帰り道、丘の上にあるパゴダに寄ってもらった。


 さて、骸骨は艶かしい。船の骸骨と仏像の骸骨。
 造船所では木造の船をほぼ人力だけで造っている。骨組みの木を一本運ぶのにも何十人もの力が必要だ。
 訪れたパゴダは全体としてまだ作りかけだったので、この骸骨も作りかけのものに違いない。おそらく鉄製。
 どちらも完成するのが惜しい。このまま置いておきたい。

自分へのご褒美(ミャンマー)

(2017年夏)

 ミャンマー最後の夜は、がんばってミャンマーを旅してきた自分へのご褒美に、ヤンゴンでのだらだらリゾート。街中にありながら、ヤンゴンの人混みや渋滞とは別世界の静けさです。

The Governor's Residence , Yangon

(普通は「がんばって働いた自分へのご褒美」とか言うんでしょうけど、褒められるほど仕事してないし)

2019年3月30日土曜日

公園でのルール

(2007年7月)
ウチの娘が通っている保育園の隣に、ちょっとした公園ができました。それがけっこうなことのように聞こえるかもしれませんが、親にとってはビミョーなんです。というのは、夕方に親が迎えに行った後、毎日のようにみんなでそこで遊ぶんです。
 第2の保育園状態です。先生がいない代わりに、親がいるんですね。だから、子供たちは親に向かって「ブランコ押してくれ」だの、「あれ取って」だの言うわけです。親は自分の子だけってわけにもいきませんから、ヨソの子の相手もしてやることになります。そうすると、他の人にやらせてばかりじゃ悪いと考えて、親が交代で手を出すんです。

 ある日、ボクは勝手にルールを作りました。保育園に、親が自由に書ける「なんでもノート」みたいなのがありまして、そこにデカデカと書いたんです。
         《隣の公園でのルール》
「年中組と年長組は、子供同士で勝手に遊べ。親をアテにするな。」
保育園には0歳の子もいますが、彼らは対象外です。同時に親にもおふれを出しました。
「子供の遊びに手を出すな。せっかく自主性が育つチャンスなんだから、危険なとき以外は、放っておけ。」
最近じゃこのルール徹底してます。子供に向かって、「ごめんね、○○ちゃんのパパがおこるから、やってあげられないの」なんて言ってる声が聞こえてくるときもありますが、親子とも実は喜んでるんです。子供たちはその方が楽しそうだし、親同士でベンチに座っておしゃべりしてます。そして、いっせいにみんなで家に帰るようになりました。

 大成功でした。・・・(こんな親、一人くらいいてもいいよね)

2019年3月29日金曜日

著作権模擬裁判

 私が授業で著作権の話をするとき,「○○はやっちゃいけない」ということは基本的に言いません。反対に「やっていいこと」を並べます。そのために,著作権法の条文を生徒と一緒に読みます。
 著作権法には「著作者は,その著作物を複製する権利を占有する」(第21条)と書いてあります。これが原理原則です。一方で,著作権法には例外規定も書いてあります。第30条から50条に「一定の条件の下に」利用者が利用・複製できる場合が示してあります。
 私が授業で著作権をやるときの中心は,その「例外規定」です。法律で「やっていい」と書いてあることは「遠慮せずに正々堂々とやれ」と私は言っています。もちろん,勝手に拡大解釈してはいけないのですが。
 そうすると生徒が私に聞いてくるんですね。「○○のようなことはしていいんですか?」,「どこまでならやっていいんですか?」と。そういうとき,私は次のように答えます。「そんなことはオレに聞くな。違法か合法かを判断するのは裁判所の仕事だ。オレの仕事じゃない」と。それでもしつこく聞いてきたら,「裁判で勝つ自信があるならやればいい,負けるかもしれないと思うならやらない方がいい」と。
 そして定期テストでは,次のような問題を出します。

〇 授業中に示した「著作権法の条文」は,Webサイトから私が勝手に複製(コピー)したものです。さて,その件で私が「著作権の侵害だ!」と訴えられたと想定します。そこで,みなさんには,弁護士になったつもりで,私を弁護してもらいたい。
 では,ここで【問題】です。著作権法の考え方にもとづいて,私がシロだと考える根拠を3つ挙げなさい。

 では,<解説・解答>です。根拠としては,

  • 法律には著作権は無い。    (著作権法13条)
  • 学校で授業中に先生が使った。  ( 〃 35条)
  • 説明のために一部を引用した。  ( 〃 32条)
  • 法律制定から50年以上経過した。  ( 〃 51条)

などを挙げればいいでしょう。
 「誤答例」も示しましょう。1つか2つまでは挙げられても,根拠を3つ挙げるのはけっこうきついようで,3つ目あたりには苦し紛れにひねり出したような文章が現れて,採点する側も楽しめます。

  • 営利目的でないからシロ。         → 営利目的か否かは関係ないから ×
  • omori先生が違法行為をするはずがない。  → そう思ってくれるのはうれしいが ×
  • 先生はクロ。牢屋にぶちこんだ方がいい。  → シロの説明になっていないから ×
  • 先生には責任能力がないからシロ。精神鑑定にまわせ。
                      → 著作権の考え方に基づいていないから ×

 3つ書かせるのがミソです。

2019年3月27日水曜日

シルクの織り方(バングラデシュ)

 バングラデシュ北西部のラジシャヒはシルク製品で有名なところ。シルク・シティーと呼ばれている。
 ところで、バングラデシュの人がこの町を呼ぶときの音がボクの耳には「らっしゃい」と聞こえる。みんなが言うのだ、「らっしゃい、シルク・シティー」と。そこで、というわけではないが、シルク工場を覗いてきた。


◇ 蚕の繭を鍋でゆでる→糸を引っ張ってほぐして蚕を裸にする→細くて強い絹糸の完成
◇ たてよこに規則的に織り込む→絹布の完成
     └→凹凸模様を作るには、型紙を通す(写真左下)
     └→光沢を出すには、少しずつ色の異なるたくさんの糸を使う(写真左中)

 織機にはハングル文字が書かれていたから、たぶん韓国製の中古なのだろう。とてもわかりやすい工程だった。

2019年3月26日火曜日

☆ バングラデシュのタクシー図鑑


 バングラデシュを走る CNG 車と EV 車とリキシャ。いずれも石油を使わないタクシーで、その意味で新しい。また、いずれも他の国ではあまり見かけないタクシーで、その意味で珍しい。さらに、いずれも三輪。その点がなんだか妙に懐かしい。

  ◇ ダッカの街を走り回るCNG車 
  ◇ バングラデシュを走るEV車 
  ◇ リキシャはどこから湧いてくるか? 

 バングラデシュのタクシー事情は、ずいぶん先を進んでいるようでもあり、はてまたずいぶん遅れているようでもある。でも、一番大事なところ(=輸送)でうごめいている。そういう目で見ると、とても面白いのです。


ダッカの街を走り回るCNG車

(2012年春)

 CNG とは Compressed Natural Gas の略で、圧縮天然ガスのこと。それを燃料にして走る車が、ダッカの主力のタクシーです。多くは緑色をしています。車体は小さい。バンドルと前輪タイヤの形状は原付バイクとそっくりで、パワーも原付並み。そのタクシー、現地ではそのまんま「CNG」と呼ばれています。
 ダッカ市内の CNG ステーションに行ってみました。CNG タンクと容量計は後部座席のイスの下にあります。ガソリンを給油するホースより細いホースで CNG を注入します。

 タクシーだけではありません。ここダッカでは自家用車もトラックもバスも CNG で走る車がたくさん走っています。
 ところで、バングラデシュで走る自家用車の多くは日本の中古車です。日本の車庫証明や車検マークが貼ったままになっているから間違いありません。つまり、日本ではガソリンで走っていた車を CNG でも走れるように改造したということです。にわかには信じがたいですが、現に私はたくさん見たので、これが事実です。これだけ多くの車が改造しているということは、法律等で義務付けているのかもしれません。
 自家用車の場合、CNG タンクは後のトランクの中にあります。でも、CNG を注入するのは前のエンジンルームです。この車、ガソリンと CNG の併用車です。両方の燃料が入っている場合は、まず CNG を先に使い、CNG が空になったら 自動でガソリン駆動に切り替わるという話です。にわかには信じがたいですが、ドライバーも CNG ステーションのおじさんもそう言うんだから、信じるしかありません。


 さて、次の問題は燃料の価格です。以下に出てくる数字は2012年春時点のものです。金額をバングラディッシュの通貨タカで記載しますが、1 タカ≒ 1 円なので、「タカ」を「円」と読んでください。
◇ CNG タクシーの燃料を満タンにするのに 300 タカ、それで 150 kmほど走る。
◇ 当時のガソリン価格は 94 タカ/ℓ、ディーゼル価格は 61 タカ/ℓ。
計算してみましょう。CNG タクシーの燃費は 2 タカ/km。同じ程度のもの(50ccバイク程度の性能)をガソリンやディーゼルで動かした場合、30 km/ℓ 進むとすれば、燃費はガソリンで 3 タカ/km、ディーゼルで 2 タカ/km。つまり、
◇ 同じ距離を進むのにかかる燃料代は、ガソリン>ディーゼル≒CNG
となります。ドライバーと CNG ステーションのおじさんにこの計算を見せたら「まぁそんなもんだろう」と言っていました。だから、たぶんそこそこ合っていると思うことにします。
 次に、CNG タクシーの車体価格。何人かに聞いてみたところ、新車で買った場合の価格は 80 万タカ~100 万タカの間に収まりました。日本の感覚からするとちょっと高すぎるように思いましたが、税金が高ければこれくらいになるのかもしれません。現地で自家用車を新車で買った場合の価格が 200 万タカくらいということですから、まぁ妥当かなと思いました。

 ベンガル湾沖合で大きな天然ガス田が見つかって、開発が進んでいるといいます。ダッカでたくさんの CNG 車が走り回るのは、それと関連した動きなんでしょう。ガソリン車を CNG 兼用車に改造する技術も普及し、CNG ステーションなどのインフラも、ダッカでは整っています。
 日本でもガスを燃料にして走るタクシーはありますが、そのほとんどは CNG(Compressed Natural Gas=圧縮天然ガス)ではなくて、LPG(Liquefied Petroleum Gas=液化石油ガス≒プロパンガス)です。そして CNG にせよ LPG にせよ日本では充填用スタンドが普及していませんから、個人が CNG もしくは LPG の自家用車を所有するのはまだあまり現実的ではないでしょう。
 でもダッカでは2012年時点でこんなにも CNG 車が普及しています。アジア最貧国とも称されるバングラデシュですが、こと CNG に関しては最先端を走っていると言えるのかもしれません。
 最初に書いたように、ダッカで CNG と言えば写真にあるような緑色の小さいタクシーのことを言います。ダッカを旅行する際は時々利用することになるでしょう。ダッカは人口一千万人を超える大都会で、交通渋滞のひどさは私の知る限り世界一です。そのことを考えると、車体が小さくて小回りが利く CNG は裏路地を進んだりすることもできて、普通乗用車タイプのタクシーより良い点もいろいろあります。


バングラデシュを走るEV車

(2012年春)

 バングラデシュ北西部を走るタクシーの主力は 電気自動車 です。後部座席の下にバッテリーが4個、運転席の下にもバッテリーが1つ、あわせて5個のバッテリーを積んでいます。個人で乗ってもいいですし、乗り合いすることもできます。乗り合いする場合、行き先が合えばどこで乗ってもよくて、どこで降りてもよい。道端で手を上げれば停まってくれます。
 ダッカでは CNG タクシー がたくさん走っていましたが、地方ではまったく見かけませんでした。CNG ステーションなどのインフラが整備されていないのでしょう。その代わり、EV 車が多いのです。現地の人は「オート・バイク」と呼んでいました。
 ラジシャヒ から プティア まで往復の道のりをチャーターしました。片道 25 kmを 1 時間かけて走ったので、時速 25 kmということになります。一般の車よりずっと遅い。田舎道で渋滞も無く、それどころか道の途中に信号が1か所もありませんでしたから、掛け値なしの時速 25 kmです。


 ドライバーさんにいろいろ質問しました。以下、ドライバーさんの証言です。数字は2012年春時点のものです。金額をバングラディッシュの通貨タカで記載しますが、1 タカ≒ 1 円なので、「タカ」を「円」と読んでください。
◇ 昼間タクシーを乗り回したら、夜の間にステーションで充電する。
  費用は 130 タカで、フル充電すれば 150~170 kmくらい走行できる。
◇ 半年から1年に1回、バッテリーを交換する。その費用はバッテリー5個分で
  75,000 タカ。1日あたりでは 370 タカくらいになる。
◇ 以上から、距離あたりの電気代は約 1 タカ/km でガソリンや CNG より安いが、
  バッテリー交換コストを入れると約 3 タカ/km となり、
  CNG より高く、ガソリンと同じくらいということになる。
続いて、車両本体価格。ドライバーさんによると、
◇ モーターが 70,000 タカ、予備タイヤと合わせてタイヤ4本で 80,000 タカ。
◇ その他、車体などすべて合算して…彼がはじき出した金額は… 1,700,000 タカ。
「えっ、高すぎでしょ? 計算間違ってないか? ゼロが1個多くないか?」と私が言うと、携帯電話の計算機機能を使ってもう一度計算し直して、表示を見せました。結果はやっぱり 1,700,000 タカ。
 ホントかなぁ? これじゃぁ自家用車の新車を買うのと変わらない。ホントかウソかわからないけど、ドライバーさんはそう言いました。

 それはそうと、電気自動車って案外シンプルなものなんだなぁと思いました。日本で言うと電動自転車と同じようなもので、大した技術じゃないのかもしれません。性能はバッテリーをどれだけ積むかにかかっているのでしょう。費用については、電気代以外にバッテリー液の交換が必要で、それを含めると決して安くなさそうでした。
 ところで後日、日本でテレビを見ていたら、こんな話が出てきました。「バングラデシュではたくさんの EV 車が夜に充電するために、停電が頻発している」と。確かにありそうな話です。テレビでは「バングラデシュの電力インフラが貧弱だから」と説明していましたが、電力の問題というよりも全体のバランスの問題なんじゃないかと私は思いました。というのは「電力の供給量以上に EV 車が増えた」ということでもありますから。背景にはいろんな規制や政策があるのでしょう。その際にバランスを欠いて、その結果が停電だと考えるべきではないでしょうか。

 もうちょっと計算を続けましょう。今度は日本でのことを考えます。日本でも EV 車が市販されていますね。さて、EV 車とガソリン車ではどっちがお得か? ここではエネルギー効率も環境負荷も燃料充填のことも税金も補助金も無視して、利用者の金銭的コストだけを考えます。
 EV 車は燃料代は安いですね。一方、初期コストつまり車体価格は高い。ザックリ計算してみましょう。どれくらいの距離を走れば EV 車の初期コストが高い分を回収できるのか?
 電気代はゼロとしましょう。現状では無料の充電設備もありますから、計算を簡単にするためにこれくらいザックリいきます。ガソリン代は ¥130/ℓ としましょう。さらにガソリン車の燃費を 10km/ℓ とします。そして EV 車とガソリン車の差額をザックリ ¥130万円 とします。現実とそれほどかけ離れた数字ではないと思いますが、いかがでしょうか。
 以上の条件で試算してみましょう。¥130万円 ÷ ¥130/ℓ = 1万ℓ 。つまり EV 車とガソリン車の差額はガソリン 1万ℓ 分に当たります。続いて 1万ℓ × 10km/ℓ = 10万km 。つまり 10万km 走って EV 車が初期コストが高い分を回収できる(元が取れる)ということになります。
 以上いろんなものを無視して、利用者のコストだけで、しかもものすごくザックリと計算しましたが、気になったら自前でザックリ計算してみる習慣は持っていたいところです。私の試算では、バングラデシュでも日本でも「EV 車が金銭的にお得かどうかは微妙なところ」というとりあえずの結論に達しました。


リキシャはどこから湧いてくるか?

(2012年春)

 足こぎ自転車タクシー がバングラデシュじゅうで走っています。「リキシャ」と呼ばれています。日本語の人力車と音が似ています。
 1~2 kmほどの距離を移動して運賃は 10 タカ~(1 タカ≒1 円)。この安さのために、庶民も気軽に利用します。なぜこんなにも安いかというと、台数が多いからです。だからみんなで頻繁に使っても、まだまだあふれています。
 実際ダッカの街中では車とバスと CNG タクシーとリキシャがいっしょになって、いつでも大渋滞です。旧市街の狭い道ではリキシャの渋滞も日常です。


 さて、これだけたくさんのリキシャがどこから湧いてくるのでしょうか? 私の見たところ、その供給源はスラムです。
 ダッカのスラムは線路わき、湿地周辺などにあります。その一角にたくさんのリキシャが割と整然と並んでいます。そこから毎朝、ダッカじゅうに散っていくのでしょう。写真下中と右下は雨季には水に浸かる場所なのでしょう。乾季の今は水が引いて、支柱の竹がにょきにょき見えます。こういう場所にもスラムは多い。

 人力自転車タクシーはかつて東南アジア一帯でよくある光景でした。ところがモータリゼーションの波に押されて、最近では東南アジアではあまり見かけなくなりました。最近では自動車タクシーももちろんたくさん走っていますが、東南アジアで増えているのはモーターバイクタクシーです。要するにモーターバイクの後部座席に客を乗せて2人乗りで走るスタイルです。
 バングラデシュにもモータリゼーションの波は確実に押し寄せています。他の国とは少々形は違いますが、前々回と前回に紹介したようにダッカでは CNG タクシー が、他の街では EV タクシー がたくさん走っています。そしてそれらを上回る数の リキシャ がバングラデシュ全土を走っています。それらが混然一体となって、もちろんバスや乗用車も走っていますから、特にダッカの街は世界一の大渋滞となっています。

前々回の CNG 車 と前回の EV 車 と今回の リキシャ、以上で「バングラデシュのタクシー図鑑」完成です。
 いずれも石油を使わないタクシーで、その意味で新しい。
 また、いずれも他の国ではあまり見かけない、もしくは見かけなくなったタクシーで、その意味で珍しい。
 さらに、いずれも三輪。その点がなんだか妙に懐かしい。

 日本で新エネルギーというと、ポピュラーなのは太陽光と風力と原子力でしょうか。ところで、それらはいずれも「発電」のためのものです。一方、私がバングラデシュで見た新エネルギーは、いずれも「輸送」のためのものでした。
 私は考えました。「電気と輸送、大事なのはどっちなんだろう?」と。
 そして思い至りました。「電気よりも、輸送の方が大事だ」と。考えてみると、まず食糧が届かなければ生きていけません。また、部品や製品が届かなければ通信できませんし、人の行き来がなければ通信する意味もありません。そう、現代社会を成り立たせているのは輸送で、それがあるという条件の下で電気が生きるのです。

 バングラデシュのタクシー事情は、ずいぶん先を進んでいるようでもあり、はてまたずいぶん遅れているようでもある。でも、一番大事なところ(=輸送)でうごめいている。そういう目で見ると、とても面白いのです。
 理系トラベラーの私はついそういうところに目が行ってしまいます。そして、あれやこれや質問する。そうすれば、みんな快く答えてくれます。


AI女子

(2018年3月)

あらっ、うちの娘ちゃん、AI女子ってことになってる!

 うちの娘がAI講習(無料、ただし抽選で競争率10倍)を受けたときの写真が 日経電子版 に載った。



 それはそうと、女子であれ男子であれ、今の中高生が社会に出る頃には、IT人材の初年棒は1,000万円だろうな。「会社にいてくれないと困る」と思われれば、あっという間に年棒3,000万円、きっとそうなる。
 一方で、東大の文系を出ても低所得の人が多いだろう。もちろん文系でもITスキルを身につければ良いんだが、従来の文系の分野で優秀でも、社会で重要なポジションにつけるとは限らない。
 そしてそうなると、年功序列も終身雇用も完全に終わる。私の職場のように年をとるにつれて給料が上がるなんてありえない。そんな職場を選ぼうという人が有能だとは想像し難い。

 英語についても考え直そうよ。彼女らの世代は、英語ができるだけでは使い物にならないんじゃないか。でも英語ができなくても、ITができれば十分使える。そしてITができて、英語ができればよりどりみどり。そんなことになると思うよ。
 だから私は娘に言っています。「学校の勉強はそこそこにして、英語とITやろうよ」と。

鳥の巣発見!

(2008年5月)


 ボーボーにのびた庭の木を切っていたら、鳥の巣を発見! 中に小さなたまごが2つ。
なんだか嬉しかった。(5月6日)


 親鳥が見えないから「育児放棄か!?」と心配していたが、巣を覗いてみたら卵が5個に増えていた。ひなになるといいな。(5月14日)


 昨日、関東地方は大雨でした。ちょっと心配でしたが、今朝巣を覗いてみると、5羽ともひなに孵っていました。まだ毛が生えていなくて、はだかんぼう。鳴き声も聞こえません。でも、モゾモゾと動いていました。
 たまごのカラが1つも残っていないのが、なんともお見事。これからピイチク賑やかになりそうです。(5月21日)


 数日後に巣をのぞいてみたら、もぬけのカラでした。たぶん、さっさとお引越しちゃったんだろうと思います。GWに木を切ったことで住環境が損なわれたのか、ボクらがのぞきすぎて気分を害したのか。野生のヤツラの考えることは、わかりませんが。
 もう今頃は巣立ったころかな。きっと元気にしていることだと思います。

☆ ミャンマーの神、バンコクの神、東京の神はどこにいるか?


☆ 東南アジアのカルデラ

東南アジアを旅行中に目にしたカルデラ火山の数々。

  ◇ タール湖とタール火山     (フィリピン) 
  ◇ 火口を見下ろす空の旅    (インドネシア) 
  ◇ マウベシのポウサダ・ホテル (東ティモール) 

  ◇ 箱根カルデラ 
  ◇ 八丈島でカルデラ探検 

いずれも日本列島と同じく環太平洋火山帯に属する。


マウベシのポウサダ・ホテル(東ティモール)

(2015年夏)

 東ティモールのコーヒーの産地マウベシは標高1500mほどの山の中にある。首都ディリから悪路を車で3~4時間ほどの行程である。山に囲まれた盆地のような場所にマウベシの街があって、街の中心が小高い丘になっている。
 この地形はカルデラだ。カルデラの中に街があって、周りの山が外輪山で、中央の丘が噴火口だ。確証はないが、インドネシアから続く火山帯の一角にある島だから、きっとそうだ。少なくとも、そのような地形に見える。


 その丘のてっぺんにポウサダ・ホテルがある。ポウサダというのはポルトガル語で「貴族の館」というほどの意味で、かつてこの地を治めていたポルトガル人の総督が住んでいた建物だという。現在はホテルとして営業している。
 その昔、支配者が街の中心の一番高いところから、被支配者を見下ろしていたという構図なのだろう。確かに素晴らしい見晴らしだ。
 ところが、である。部屋にほとんど手をいれていないようなのだ。上下水道は貧弱で、お湯が出るはずもなく、水シャワーもトイレもちょろちょろ流れる水を貯めて手桶で流すしかない状況だ。
 同行の日本人の部屋のドア上の窓ガラスが入っていなくて、夜になって寒くなったと言って、急きょ段ボールをあてがって窓をふさいだ。別の同行者は夜寝ている間にベッドが崩れ落ちた。それはそれで楽しいのだけれど、このままではしょぼい安宿と同じである。
 歴史的建造物でロケーションもよいから、ホテルとしてのポテンシャルは高いはずだ。南国の高地だから気候も快適で、海岸沿いにあるディリの避暑地にもなりうる場所である。実際僕たち旅行者もそこを選んだわけだし、同じ日にディリ在住の外国人も泊まっていた。
 にもかかわらず、部屋にお金をかけ手をかけるという発想が無いようだった。のんびりしているというか、もったいないというか、もうちょっと商売っ気があってもいいんじゃないかと思った。


火口を見下ろす空の旅(インドネシア)

(2015年夏)

インドネシアのバリ島から東の方に島が連なっています。ヌサ・トゥンガラ諸島と呼びます。その島々は環太平洋火山帯の一角で、火山が連なっています。その東の端にティモール島があって、その東半分が独立国・東ティモールです。
 バリ島のデンパサールと東ティモールのディリを結ぶ航路はこの島々の上を飛びますから、飛行機の窓からたくさんの火山や火口が見えます。

 写真右上はロンボク島のリンジャニ山。カルデラ湖とその中に新しい火口が見えます。北海道の洞爺湖と同じような地形です。

 写真右中はスンバワ島のタンボラ山。巨大隕石が落下してできたクレーターのように見えますが、これもカルデラでしょう。

 写真右下の海峡に浮かぶ島の名前はわかりませんが、右側に見える島はアロール島です。カルデラの中に海水が流れ込んで、その中にできた新しい火口が小さな島になっています。エーゲ海ギリシャのサントリーニ島も同じような地形です。
(以上、島や山の名前は、地形や写真を撮った時刻からグーグルマップと照合して確認しました)

 日本から東ティモールに行くルートはシンガポール経由とデンパサール経由の2ルートありますが、シンガポール経由ではこの光景はあまり見られないでしょう。
 東ティモールからの帰り道、ジャワ島内の火山噴火の影響でデンパサール空港が一時閉鎖になってフライトが遅れましたが、そんな経験ができるのも火山帯を飛ぶルートならではです。


子供の気持ち と 大人の気持ち

(2009年11月)

娘 : パパがみるテレビ番組、子供にはつまんないの!
    パパだって子供だったときがあるんだから、子供の気持ちわかるでしょ!

父 : わかるけど 。。。 パパも好きな番組みたいな。
    ○○ちゃんも 大人の気持ち わかってよ。

娘 : パパは子供だったときがあるけど、
    私は大人だったときは無いんだから、大人の気持ちわかるわけないじゃん!

父 : (やれやれ。 ・・・ いや、なるほど、うん、確かに、そりゃそうだ ...)

卒業式はランドセルで

(2015年3月)

 今日は娘の小学校の卒業式。女の子も男の子もおめかしして、6年1組のみんなはランドセルを背負って登校した。子供どうしで示し合わせたらしい。


 式典そのものはもちろん真面目だったが、登下校時のちょっとした遊び心がとても良かった。これなら親も先生も文句は言えない。

ともチョコ

(2010年2月)

 今日はバレンタインデー。最近は「ともチョコ」が流行ってるらしい。友達にあげるチョコだそうで、女の子から女の子にあげてもいいようだ。女の子同士でお互いにともチョコを贈れば、要するにチョコレートの交換ということになる。そういうことであれば、女の子から男の子へという一方通行より健全な気もする。
 さて、娘が女の子の友達と「ともチョコ」を贈り合うのだという。そこでボクは娘に言ってみた。「みんなでバラバラに作って交換するより、一緒に作って一緒に食べた方が楽しいんじゃないか」。なぁんて言ってるうちに「ウチでやる」という話になって、ボクも自分で言ってしまった手前「やっぱ、やだ」とも言えず、付き合わされるはめになった。
 まず材料を仕入れに娘らと一緒にスーパー行って、マニュアル読んでやって、「あとは勝手にやれ」と。湯煎して溶かしてトッピングして冷蔵庫で固めるだけだから危ないものではないし、ちょっとリアルなおままごと気分で楽しめたんじゃないかな。最後には「失敗作あげる」とボクのところにもチョコレートが回ってきた。

サンタさんへのお願い

(2016年12月)

 去年のクリスマスの頃、わざわざ親の目につくような場所に置いてあった。中学生の娘の仕業だ。


 サンタさんへのお願いなら親には関係ない話だし、バカバカしくて面白いし、こちらも無視して放置していたが、いい加減時期も過ぎたので、紙を捨てることにした。でもなかなか洒落ていてかわいいので、ここに記録を残しておく。
 娘は小さいときからこういうことが好きで、中学生になっても続いている。そろそろデジタル技術を使ったものにも手を出してほしいと期待している。

「ベースやりたい!」のプレゼンテーション

(2015年5月)

 朝起きてみたら、テーブルの上に紙が一枚置いてあった。娘のプレゼンテーションだ。「ベース」という大きな文字の中に小さな文字でびっしり説明している。片隅に「返事うらに書いてください」とあるので、裏をめくってみた。


 音楽の腕前はボクにはわからないが、プレゼンテーションの腕前は大したものだ。これを見せられて、ダメと言えるはずがない。
 娘は小さい頃からこういう創作活動が好きだ。
◇ 小学2年のとき → 図書室のキャラクター
◇ 小学3年で   → 娘の読書感想文に驚いた
◇ 小学4年では  → 手作りハロウィン・パーティー
中学1年になった今、部活が始まるタイミングで、ふと思いついて夜中に描いたものなんだろう。

 将来のことを考えると、英語や数学よりもこちらの方が娘にとってよっぽど力になるんだろうと思う。

図書室のキャラクター

(2010年8月)


娘の作品。夏休みにウチの学校の図書館で、暇にまかせてホワイトボードに描いたもの。
あんがいいい感じなのでそのままにしていたが、そのうち誰かに消されそうなので、パチリと永久保存。

かぼちゃランタン

(2012年10月)


 近所のスーパーで買ってきた。真ん中の大きいのは ¥980 なり。本物のかぼちゃなんだが、たぶん食えない。このかぼちゃ(↑)が、こう(↓)なった。


 かぼちゃの表面は硬かったが、中はスカスカで、表面に包丁を刺せば、切るのはそれほど難しくなかった。玄関に置いたら通学中の子供たちが見てくれて、頭を撫でて「いいこいいこ」したり、かぼちゃに声をかけたり。そしてみんなが聞くのは「食べれるの?」ということ。「たぶん、ムリ」と答えた。


手作りハロウィン・パーティー

(2012年10月)
日曜日、ウチでハロウィン・パーティーをやった。発案者は、娘と女友達あわせて4人。全員小学4年生だ。ボクと妻は、スポンサー兼アシスタント。娘に言われるままに、買い出しに行ったりサポートしたり。数日前から女の子4人でウチで準備・練習した。

右の写真は子供たちが勝手に作ったプログラムだ。
1.はじめの言葉
2.おやつこうかん
3.おやつタイム
4.ゲーム物おに
5.きばせん
6.いただきます
7.おばけやしき
8.おわりの言葉
パーティー参加者は、発案者である女の子4人と、急きょ呼ばれたらしい男の子2人の合わせて6人。
 当日ボクは仕事があったので、プログラム5番までの様子は知らない。「物おに」がどんなゲームなのか、どこでどうやって騎馬戦をやったのか、まるでわからない。


 ボクが家に帰ってきたとき、かぼちゃランタンが出来ていた。そしてみんなで夕食の準備をしていた。子供たちがアシスタント(妻)をうまく使いこなしてここまでやってきたであろうことは想像に難くないが。
 そして、プログラム6番の「いただきます」。子供たちのいちおう手作り料理のおすそ分けをボクもいただいた。

 そろそろパーティーも終盤。プログラム7番・8番にボクは感心した。プログラム7番は「おばけやしき」だ。6人でジャンケンして、負けた2人が脅かされ役で、勝った4人がおばけ役。部屋の電気を消して、真っ暗な中でやる。「ワッ!」だの「キャー!」だの走り回って大騒ぎ。
 感心したのは、食後に残したままのコップやお皿にぶつかったり、家具や壁に頭をぶつけたりしないこと。当たり前と思うかもしれないが、あれだけ走り回って大騒ぎしてたら誰かやりそうなものなのに、誰もやらない。ボクが子供だったら、家じゅうガタガタにしちゃうだろうに。あいつら案外賢いんだなぁとボクは思った。

 そうこうするうちにお約束の夜8時になって、親が迎えに来た。さぁもう終わりだ。
 さぁ帰ろうというときになって、1人が言った。「あっそうだ!、おわりの言葉・・・」。プログラム最後の8番だ。もう1人が隣に寄り添って、急に始まった。2人で声をそろえて、「おわりのことば。バイバ~~~イ!」。
 以上でプログラム完了。予定通り、最後まできっちりやりました。
 ボクが何に感心したかって、おわりの言葉の、その場にふさわしい明るさ、子供らしい単純明快さ。このあいさつを最初から予定していたという、その用意周到さ

 学校で何かを発表するときと同じようにやったんだろう。真似ごとと言えば、そう言えなくもない。それにしても、みんなで企画から準備・運営までやって、その中で自分たちがしっかり楽しんでいるんだから、小学4年生とは思えないくらい見事だった。「バイバ~~イ」のあと自然と拍手が起こって、これでホントに終了。
 みんな良い経験ができたね。君らと一緒に、ボクも良い経験ができたよ。


クリスマス・イルミネーション


階段にロウソクを並べてみた。

娘の読書感想文に驚いた

(2011年11月)

「うれしさのちがい」
わたしは、この話を読んで、第四場面と、おわりの「きらきらわらいだしました。」の意味をずっと考えていました。
 「きらきらわらいだしました。」この文のことでわたしが思ったのは、うれしさのちがいです。ちいちゃんは、ずっと会えなかった、家族に会えたうれしさだと思います。ちいちゃんは、お母さん、お兄ちゃんとはぐれて、3日も一人でごはんも少ししか食べないですごしてきてさびしてくかなしくて、とてもさみしくて
 「いつになったら帰ってくるんだろう?」
 「早く帰って来て!」
と言う気持ちでさいごやっと会えてなきそうなくらいでとってもうれしかったんだと思いました。今の子どもは友だちと遊べて家族と毎日会えてうれしくてわらって、友だちと遊べて、楽しくてわらっているんだと思います。
ちいちゃんと今の子どもたちのうれしさは、だから違うんだと思います。
 今は、もうせんそうはとっくに終って、いい世の中になっています。だけどしんさいで家族を失しなった子や、わかれわかれになった子もいると思います。そういう子たちはちいちゃんと同じ気持ちなのかもしれません。この話をわたしはわすれません。
すばらしい。小学3年生のウチの娘の感想文である。なんていう本かと思ったら、国語の教科書に載っている作品で、国語の時間に書いたのだという(「ちいちゃんのかげおくり」あまんきみこ作光村図書)。ボクも作品を読んでみた。ますます娘の感想文がすばらしいと思った。
 どこがすばらしいって、まず着眼点。それに沿った一貫性しかも無駄がない
 構成でいうと、書き出しと書き終わりの切れ味
 作品の中身と自分の日常を絡めて、最後に震災を持ってくるおませさ

 昨日、学校から先生の花丸マーク付きで持ち帰ってきた。ボクが「花丸、すごいね」と言ったら、娘は「みんな、花丸だよ」と答えた。
 同時に「個人面談の希望日時調査」の紙も手渡された。その紙の最後に(担任にお聞きになりたいこと)という欄があった。
 そこにボクは次のように書いてみようと思う。
娘の感想文にびっくりした。みんなあんなすばらしい感想文を書いているんですか?
娘が嫌がるのはわかっている。いつものことだ。ボクがそう書いても、娘はきっと消しゴムで消すに違いない。
 でも、先生に聞いてみたい。娘が消しても、個人面談のとき聞いてみる。

(※)娘の文章には漢字の送り仮名や改行の仕方に不自然さはあるが、そんなことはどうだっていい。それを手直ししてやっても、良い文章が書けるようにはならない。
 「書くこと=考えること」だから、そんなことに口出ししたら、考えるのを邪魔するだけなんだよ。そんなものは放置すればいいの。放っておけば、そのうちできるようになるさ。

2019年3月25日月曜日

これから先も日本が先頭を走るだろう

◇ これから先も日本が先頭を走るだろう
 第二次世界大戦の焼け野原から、日本は最初に復興した。そして、他の途上国が発展する過程で、それに便乗する形で日本は成長した。日本はアメリカを追いかけて、一時期はアメリカを追い抜いた。日本は製造業で世界のトップに立ち、同時に国民も豊かになった。気が付けば、日本は資本主義の先頭を走っていた。
 そして、世界で最も早く行き詰った。そのように見るべきなのだろう。そして、欧米より先にバブルが発生し、真っ先にバブルがはじけた。現在のところデフレ状態にあるのは日本だけだが、資本が行先を見つけられないことがその原因だとすると、欧米でもまもなくデフレになるんじゃなかろうか。
 さて、この先どうなるのだろう。それは、誰にもわからない。けれども、私は思うのだ。この先どうなるかはわからないけれども、どの方向に進むにせよ、日本がやっぱり先頭を走るのではないだろうか。
 いま豊かになる途上にある国々は、当面その路線を進んでいくのだろう。けれども、先に豊かになった日本は、かつて世界の製造業を独占していたような状況から比べれば、当面縮小していかざるを得ない。先ほど述べたように、物を作って売りたい国が増え、搾取に甘んじながら高く買ってくれる国が減ったからである。
 この状況で否が応でも先頭を進むのは、今の日本の若者、子供たちだ。今の四十代以上の大人は基本的にみんな逃げ切りを図っているから、彼らには道を切り開くことはできない。企業の幹部も、君たちの親も、学校を仕切っている先生たちも、みんな「成長の時代」に育って、その価値観を引きずっている人たちばかりだから、彼らの後をついていってもおそらく道は開けない。それよりも、君たちの方が的確に世の中の変化を捉えているはずだ。大人たちの言うことを聞いてしんがりを進むより、君たちの感性に従って先頭を進んだ方がおもしろいんじゃないだろうか。じり貧になるにせよ、どん詰まりになるにせよ、新しい社会が開くにせよ、僕らの前にあるのはいつもフロンティア。そう考えると、案外楽しい。


            

なぜバブルは起きるのか?

◇ 資本主義は拡大することでなりたつ
 昔のお金は物々交換の仲立ちだったが、今のお金にはそれをはるかに超えた意味合いがある。もちろん物々交換の仲立ちとしての意味合いも残っているが、それは貧乏人がはした金を使う場合の話である。金持ちにとって、あるいは企業にとって、お金は物を交換するためにあるのではない。彼らにとって、お金はお金を生み出すためにあるのだ。お金は物を生み、物はお金を生む。そうやって自己増殖する。これが資本である。雪だるま式という言葉があるが、転がりながら拡大し続けることが資本の役割であり、条件でもある。
 資本主義は拡大することでなりたつのである。拡大再生産できると見込めるところに資本が投じられるのであって、単純再生産、ましてや縮小再生産することが分かっているようなところに資本を投じる資本家はいない。拡大再生産とは「利潤を得ながら資本を増やすこと」で、これが資本の目的である。単純再生産とは「得も損もしない=資本が増えも減りもしないこと」だから、資本にとっては何もしていないに等しい。縮小再生産とは「赤字=やればやるほど資本が減ること」だから、そんなことをするくらいなら資本を寝かせておく方がマシである。
 そして、資本が拡大するためには未開拓地があることが条件である。アメリカの西部開拓時代に言われた「フロンティア・スピリッツ」という言葉が資本主義の本質を現わしている。そしてこれは資本主義のジレンマでもある。未開拓地を開拓していけば、やがて未開拓地が無くなるからである。未開拓地が無くなれば、資本は拡大できなくなって、資本主義そのものが成り立たなくなる。


◇ なぜバブルは起きるのか?
 成長の時代が終わって、成熟の時代になった。けれども、人は成長を夢見る。資本は拡大しようとする。新しい市場を開拓しようとする。そして資本が向かった先が、土地であり、金融であり、新しい通貨であった。バブルの発生である。いずれも当初はうまくいった。拡大再生産できたからである。そこは確かに未開拓地だった。
 いずれも実体を伴わない空間だったが故に、急スピードで開拓が進んだ。そしてまもなく行き詰った。バブルの崩壊である。1980年代に日本で土地バブルが発生し、1990年代にアメリカで金融商品が開発され、2000年代にヨーロッパで新通貨ユーロが誕生した。日本の土地バブルとアメリカの金融バブルはすでに崩壊した。ヨーロッパではいま現在ユーロ危機のさなかにあるが、これもバブルの一種だとすれば早晩崩壊するに違いない。
 それでも、バブルの発生から崩壊するまでの期間を通じて、資本は資本の役割を果たした。すなわち、資本は自らを拡大させることに成功したのである。ところで、実質的な成長を伴わないバブルでなぜ資本が拡大したのかというと、反対に縮小したものがあるからである。日本のバブル景気で儲けた人・企業がある一方で、損を抱えた人・企業がある。アメリカの金融バブルでウォール街は大儲けしたのだろうが、リーマン・ショックで家を失った多くの人がいる。ヨーロッパの通貨統合で得した企業がある一方で、いま苦しんでいる人がいる。
 成熟の時代はゼロサム経済の時代でもある。途上国が発展する過程ではのべの富が増えるから先進国と途上国の間で純増分を分け合うことができるが、ゼロサム経済においては富の量が変わらずに富が移動するだけである。全体としてパイが増えない状況で、誰かが得すれば誰かが損するということだ。
 それでも資本が拡大するのが資本主義経済のお約束である。そして、バブル経済において誰かが犠牲になるのは資本主義の宿命である。だから、そのことに文句を言っても始まらない。それよりも、バブルでしか資本を拡大させられなくなったこと、そしてバブル経済によって経済格差が確実に広がることに資本主義経済の限界を見るべきだ。
 バブル経済は姿かたちを変えてまだまだ続くだろう。資本主義経済の限界は見えてきたが、次の経済システムはまだ見えなくて、資本主義経済の一形態であるバブル経済の終わりもまだ見えない。景気対策という名の財政バブル、金融緩和という名の消費バブル、TPPという名の貿易バブル、意図するしないにかかわらず、後で振り返ればいずれもバブルと呼ばれるだろう。
 いま政府が言っている「成長戦略」や「景気対策」も同じだろう。受注した企業が利益を上げれば(当然そうなるはずだ。それが当初の目的なのだから)、必ず損する人が出る。財源が税金なら損するのは国民で、国債を発行すれば損するのは将来世代だ。


            

成長の終わりの始まり

◇ 成長の終わりの始まり
第2次大戦直後、世界の先進国はアメリカだけだった。日本と西欧がそれに続いた。この頃は途上国が発展する過程にあって、それに便乗する形で日本は高度成長を遂げた。
 けれども、その環境はすでに変わった。新興国が出てきた時点が、終わりの始まりである。韓国や台湾は日本の高度成長期には発展途上国だったが、今では先進国の一員である。次に控えるのが、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・チャイナ)と言われる国々である。かつては先進国の成長を支える立場だったものが、今では先進国と争う立場になった。
 一方で、これから成長するであろう地域は残り少なくなった。中国や東南アジアの人件費も上がってきて、「次に進出するべきはミャンマーだ、バングラだ」とか、「最後のフロンティアはアフリカだ」とか言う声があるが、もう地球上に残された未開拓地は多くない。
 開拓を進めるうちに、既開拓地が増え、未開拓地が減った。既開拓地の住民は今度は開拓者として未開拓地に乗り込もうとする。けれども、残り少ない未開拓地に大勢の開拓者が押し寄せる状況では開拓者全員が開拓地を広げることなどできようがない。

◇ 交易条件が変わった
シンプルに語ろう。先進国は途上国に工業製品を売る。途上国は先進国に食料・地下資源・労働力を売る(要するに、途上国が先進国に対して売れるのは、食料か資源か労働力くらいしかないということだ)。概ねこれが先進国と途上国の交易の姿だ。
 先進国が少数派で、途上国が多数派だった時代には、工業製品には高い値がつき、食料・資源・労働力は安かった。需給関係を考えれば自然なことだ。だから、この時期の日本は栄えたのである。安く資源を買って、製品を高く売り、そうして稼いだお金で食料を安く買っていたのだから、豊かにならないはずがなかった。
 ところが、先進国が増えて、途上国が少なくなってくると、交易条件も変わる。まず、工業製品を売ろうとするライバルばかりが増えて、売り込む先が少なくなるのだから、日本のシェアが減るのは必然である。また、需給関係を考えれば、工業製品の値段が下がり、食料・資源・労働力の値段が上がる。すなわち、日本がシェアを落としながら、かつ利幅を減らすのは、これもまた必然なのである。
 日本は物作り大国として豊かになった。また豊かになった理由が人手のかかる物作りであったが故に、その豊かさが国民に分配されて国民みんなが豊かになった。けれども、そんな時代は終わったのである。日本全体として豊かになることが難しくなると同時に、国民一人ひとりが豊かになるのはもっと難しい、そういう時代になったということだ。


            

日本の高度成長は何だったのか?

◇ 日本の高度成長は何だったのか?
 第2次大戦後、アメリカが世界中にドルをばらまいて、日本がそれを回収してまわった。日本の高度成長を単純に言えば、そういうことになる。
 通常の貿易において輸出と輸入はおよそバランスを保つものだが、世界通貨ドルだけは例外である。アメリカ以外の国はドルを手に入れないと世界貿易に参加できないから、最初はまずドルを貯め込まなければならない。アメリカ側から見れば、ドルが世界にあまねく広がっていくまでは、アメリカは輸入して消費する一方でも成り立つということだ。
 戦後アメリカが最初にドルをばらまいたのは日本だった。復興のための資金は、アメリカがただドル紙幣を印刷すればよかった。日本のモノをアメリカが買うにあたっても、インフラ整備のための労働力を確保するにあたっても、アメリカは印刷したドル紙幣を日本に渡せばよかったのだ。そして、だんだんと日本はドルを蓄えて、世界貿易に参加できるようになった。
 後進国が経済発展する過程は次の2点で説明できる。1つは、後進国から先進国に一方的に輸出してドルを蓄えること。この際、1次産品(食料や地下資源)を安く売ることになる。高い2次産品(工業製品)を買うためである。もう1つは、先進国がドルを持って乗り込んで、インフラを整備し、工場を立ち上げること。目的はもちろん、先進国が利益を上げるためである。この際、後進国の人件費は安く抑えられる。後進国はこの2つの搾取の構造に耐え、そのおこぼれにあずかりながら、少しずつ経済発展するのである。
 日本がいち早く経済発展できた最大の理由は、アメリカによる占領にあった。他のどの地域よりも早く、大量のドルが流れてきたからである。でも日本はアメリカにはなれない。円が世界通貨でないからである。一方のアメリカは、他の後進国でもドルをばらまいた。そこで日本はどうしたかとうと、アメリカがばらまいたドルの回収に走ったのである。すなわち、工業製品を売りまくったのである。
 こうして日本は高度成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たした。

◇ 国の豊かさと個人の豊かさ
 ところで、国が豊かになることと国民が豊かになることは同じではない。国民が豊かになるためには、国が豊かになることに加えて、その豊かさが国民にうまく分配されなければならない。
 では、高度成長下の日本ではどうだったかというと、分配がうまくなされたのである。そして、分配がうまくなされた訳は、日本が製造業大国だったその点にこそある。
 極端にいえば、日本は世界の製造業を一手に引き受けたのである。しかも、製造業は人手がかかる。だからその時代の日本はほぼ完全雇用の状態にあった。こうして日本の国が豊かになると同時に、その豊かさが国民に広く分配されたのである。「1億総中流」という言葉がその時代を象徴している。
 その点において、先進国の中でも日本は異例の存在だった。アメリカでは経済格差が広がり、西ヨーロッパでは階級社会が維持された。もちろんアメリカにも西ヨーロッパにも製造業はあったが、日本との比較でいうと、アメリカは金融(ドルの特権)と資本(戦前・戦中の蓄積)で豊かになった。一方、西ヨーロッパはブランド(ファッションや車など、今でもそうだ)で豊かになった。けれども、金融や資本やブランドで国が豊かになっても、国民一人ひとりが豊かになるとは限らない。それに対して日本は、物づくりで栄えたが故に、国民みんなが豊かになったのである。
 いずれも過去の話である。


            

成長の時代と成熟の時代

◇ 成長の時代と成熟の時代
全体として成長していた時代には、個々に見ればその度合いがいろいろであっても、ダメならダメなりに成長していた。人口が増え続け、物が行き渡る途上にあって、効率の悪い企業もそれなりに業績を伸ばし、ダメな社員もそれなりに出世した。ざっくり言えば、よほどの粗悪品でなければ作れば何でも売れた時代たっだわけで、放っておいても企業は拡大し、それに伴って若い社員がどんどん入ってきたわけだから、上の世代は自動的に出世したのである。これが成長の時代である。
 さて、日本はすでに成熟の時代に入った。それは全体として横ばいの時代である。人口は減り始め、日本中に要るモノ要らないモノを含めて物があふれ、もはや全体として成長することは考えにくい、そんな時代である。そして、その中で企業業績や社員の能力に差があれば、ダメな企業や社員はマイナスに転じることになる。こうなると企業であれば倒産し、労働者なら失業する。みんながプラスを維持することはできないのだから、誰かがそうなるのは当然だ。

◇ 第2次世界大戦で世界はリセットされた
 日本経済がこれまで来た道、この先続く道を考えるには、第2次世界大戦以降を振り返ってみればいい。第2次世界大戦で世界経済はリセットされたからである。
シンプルに語ろう。第2次世界大戦で日本は焼け野原になったが、ヨーロッパも同じだった。敗戦国ドイツ・イタリアだけでなく、戦勝国イギリスもフランスも戦場になって、生産基盤を失った。
 そんな中で唯一、戦場にならなかったのがアメリカである。アメリカはむしろ軍需で儲けたクチであって、その点でもアメリカは世界で唯一の国だった。そして、それ以外の地域は後進国だった。つまり、第2次世界大戦後すぐの状況は、アメリカだけが先進国で、他は焼け野原と後進国ばかりだった。
 ここが話のスタートラインである。日本の未来を考えるとき、太古の昔までさかのぼる必要はない。戦後から語り始めれば、未来が見える。


            

浦島太郎の不倫騒動

 昔々浦島は、助けたカメに連れられて、竜宮城に行きました。竜宮城で浦島と乙姫は、毎日楽しく過ごしました。けれどもある日、浦島は「家に帰る」と言い出します。乙姫は浦島を引き留めますが、浦島は聞き入れません。
 そこで乙姫は玉手箱を持たせて、浦島を帰しました。ところが浦島には、もう帰る家はありませんでした。途方にくれた浦島は、玉手箱を開けました。白い煙が立ち昇り、浦島は白髪のおじいさんになってしまいました。

 昔話「浦島太郎」は、考えてみると、奇妙な話です。SFのようでもありますが、やっぱりどこかトンチンカン。でもこれを、不倫話と受け取るとしっくりきます。

 男女が出会うきっかけは、カメを助けることでも、何でもいいんです。二人は恋に落ち、一緒に暮らし始めます。そして、幸せな日々を送りました。それはもう、時が過ぎるのを忘れるほどに楽しい毎日でした。
 けれどもやがて、冷めたのか、飽きたのか、反省したのか、男は不倫生活に終止符を打つことにしました。しかし女としては、男をただ帰すわけにはいかない。女は恨み辛みを詰め込んで、男に最後の贈り物をします。
 結局、男は元の鞘に収まることはできませんでした。家族はもちろん、男は村人からも相手にされませんでした。すべてを失った男は、女を思い出し、贈り物を開けました。途端に男は、老いぼれた醜い姿に変わってしまいました。これでもう男は、本当に誰からも相手にされなくなるでしょう。こうして女の仕返しは、まんまと成功したのです。
シャンシャン。


かちかち山の報復合戦

(たぬき) かちかちいうのは何の音?
(うさぎ) かちかち山のかちかち鳥がないたのよ
(たぬき) ぼうぼういうのは何の音?
(うさぎ) ぼうぼう山のぼうぼう鳥がないたのよ
軽快なリズムに乗って、物語は進みます。今日は、この物語を検証します。

◆ 前半戦
 畑を荒らすたぬきを爺さんが捕まえて、婆さんに言った。「たぬき汁にしてしまえ」。ところがたぬきは婆さんをだまして逃げ、隙をみて婆さんを殺し、ばば汁にしてしまった。爺さんはたぬき汁だと思って「うまいうまい」とそれを食い、後で婆さんを食ってしまったことに気付く。
 昔話「かちかち山」の前半戦は、もともとこんな話だったらしい。相手チームに押されながらも、たぬきがこぼれ球を拾って、起死回生のゴールを決めた。そんなところだろうか。前半戦はたぬきが1点リードして折り返し。

◆ 後半戦
 ここでうさぎが登場する。爺さん婆さんの助っ人だ。うさぎが復讐に立ち上がった。うさぎは色仕掛けでたぬきを誘い、たぬきはコロッとだまされた。うさぎは、たぬきにやけどを負わせ、傷口に唐辛子を塗りつけ、泥船に乗せて水に沈める。たぬきは「二度と浮かび上がってこなかった」ということだから、死んだに違いない。
 爺さん婆さんチームの戦力補強が功を奏し、後半戦は一方的に攻め続けて、1点を取り返した。結果はドロー。どちらも勝ち点1。

 さて、この話の前半戦と後半戦は、つながっていなきゃいけないのだろうか。前半戦は「たぬき VS 爺さん婆さん」で、うさぎはまるで関係ない。後半戦は「たぬき VS うさぎ」で、爺さん婆さんは登場しない。
 というわけで、前半戦と後半戦を別々の話として解釈してみよう。そうすると、前半戦は「たぬき汁ばば汁も、どっちもどっち、お互い様」という話になる。後半戦は「だまして、殺した(きっと財産か何かを手に入れたに違いない)」という話になる。
 もともとは全然別の話だったものを、誰かがつなげた、もしくはいつの間にかつながったんじゃないか。なぁんか取って付けたような感じで、話を無理やりドローに持ち込んだような気がするんだよなぁ。


こぶとり爺さんの不条理

 爺さんAが鬼の前で踊りを踊ったら、鬼は爺さんのこぶを取り上げた。
 爺さんBが鬼の前で踊りを踊ったら、鬼は爺さんにこぶをくっ付けた。

 昔話では、一人は良い爺さんで踊りが上手く、もう一人は悪い爺さんで踊りが下手だということになっている。しかしこの設定は、話の本質とは関係ない。鬼はこぶを質として預かったのだが、鬼がそれを選んだ訳は「爺さんの大事なもの」と勘違いしたからだ。
 鬼が勘違いすることなく、爺さんの本当に大事なもの、たとえば宝物を預かったとしたら、どうなるか。その場合、先に踊った良い爺さんが損をして、後に踊った悪い爺さんが得することになる。
 場合によってはそういう展開になったかもしれないのである。得したのが良い爺さんで、損したのが悪い爺さんだったというのは、たまたま偶然にそうなったにすぎない。だから結局のところ、爺さんが良い人か悪い人か、踊りが上手いか下手かは、この話には関係ないのだ。

 では、この昔話の言わんとしていることは何なのか。
 二人の同じような爺さんが同じように行動したら、一人はエラク得をして、もう一人はエラク損をした。それだけのことなのだ。鬼は不条理の象徴である。人間どもには鬼をどうすることもできない。
 それを受け入れろ。これが昔話「こぶとり爺さん」の本質だと思う。


わらしべ長者のジャパニーズ・ドリーム

 昔話「わらしべ長者」は物と物を交換するうちに、貧しい者が大金持ちになるという話である。最初の持ち物は1本のわらしべである。それを次の順序で交換していく。
1本のわらしべ → 蜜柑 → 反物 → 馬 → お屋敷
交換するたびに持ち物がだんだん高価なものになっていく。でも、交換する相手にとって不利な交換だったかというと、そうとは言えない。みなそれぞれに事情があった。相手にとっても交換は必然だった。市場経済が未熟だった時代と場所において、しかも市場参加者が2人しかいない状況において、需要と供給のバランスがとれた結果として交換が成立したのである。
 もちろん、その場に居合わせたことは男にとってラッキーだった。それが立て続けに何度も起きたことはもっとラッキーだった。

 ところで、アンデルセン童話にちょっと似ている話がある。「腐ったリンゴ」という話だ。これも物と物を何度も交換する話である。男の最初の持ち物は馬である。それを次の順序で交換していく。
馬 → 牛 → 羊 → ガチョウ → 雌鶏 → 腐ったリンゴ → 樽いっぱいの金貨
見ての通り、交換するたびにどんどん安っぽいものに変わっていく。「わらしべ長者」とは正反対である。この話では、男には実は交換する必然性はなかった。今風にいえば、衝動買いみたいなものである。そして最後に、ひょんなことから大逆転するのである。そして、貧乏人が最終的に金持ちになったという筋書きは「わらしべ長者」と同じである。

 ところで、これらの話、「風が吹けば桶屋がもうかる」に似てないか?
風が吹く → 砂埃が舞う → 目を悪くする → 三味線弾きになる
→ 猫が殺される → ネズミが増える → 桶をかじる → 桶屋が儲かる
いずれの話も可能性がゼロではない。でも、現実にはありそうもない。まして自分の身に起こるとは考えにくい。真似したところで二番煎じは狙えない。
 今でいうと、宝くじの当選率よりずっと低い。そんなことは昔の人もわかっていた。だから、流行るのだ。


2019年3月23日土曜日

マインドマップとは?

 マインドマップは、図解の一種です。「テーマ」を真ん中において、その周りに放射状に思いついたことをどんどん書いていきます。
 その描き方は、脳の働きとそっくりです。脳にフィットする発想法・思考法・表現法だといえるでしょう。インプット(理解する)の場面でもアウトプット(アイデアを出す・考えを整理する)の場面でも使えます。
 実際にやってみると想像以上に理解が深まりますし、アイデアが出てきます。また、図解することで文章を書くときも書きやすくなります。

 授業では、これを8時間程度かけて行います。理屈よりも数多くマップを描かせた方が効果的だと思いますので、その間に10個くらい描かせます。

 授業1回目。まず、《脳の働き》をマップ化したものを、生徒に見せます。


 続いて、《マインドマップの説明》です。


 上のマップ、生徒に説明するためというよりも、「サンプル」として見せているという面が濃厚です。
 これを私はパワポで作りました(そのまま教材にするためです)が、授業では生徒に手書きで書かせます。色鉛筆など用意して、色鮮やかに、そして楽しんで書いてもらいたいと考えています。


最大の情報源は自分である

私たちは生まれてから今日まで、たくさんのことを見て、聞いて、学んで、感じて、考えてきました。その量は無限大。その無数の経験が、私たちの中で蓄積して、つながって、熟成しています。そしてスイッチが入れば、瞬時に、連鎖的によみがえります。
 分からないとき、悩んだとき、疑問に思ったとき、迷ったとき、ネットで調べたり本を読んだりするものいいですが、その前にぜひ自分の中を見てください。
 興味・関心も疑問・問題意識も動機も自分の中にあります。それを持つに至った背景も自分の中にあります。つまり、ヒントやチャンスも自分の中にあるのです。最大の情報源は、自分なのです。
 マインドマップの利点はいろいろありますが、私は最後にもう1点だけ挙げたいと思います。それは、自分が好きになること。必ずそうなるとは言いませんが、期待を込めて、そうなってほしいな、と。マインドマップを描きながら、自分の中に眠っていてそれまで自分でも気づかなかったものが、だんだんと見えてくるのが楽しいのです。「自分だって捨てたもんじゃないな」と自然と思えるのです。
 こういうのはやった者勝ち、たくさん描いた者勝ち。使い方はあなた次第でいくらでも広がるでしょう。私の知り合いにもいますよ。マインドマップみたいなメモをとる人、スケジュール帳がマインドマップになってる人。授業中にあるいは退屈なときに、気がつくと絵を描いてるような人は、きっと向いてます。


マインドマップを描いてみよう

 授業1回目の後半。なにはともあれ、マップを1つ描いてみましょう。まずはウォーミングアップ感覚で。

 3人でグループを作り、グループごとに「イヌ/家/海/お金」のいずれかのテーマを与えました。

     《トライアル1(前半)自分モード

  ◇ 白い紙のまん中に、○○の絵を描いてください。 
  ◇ ○○の絵から周囲に、線を10本伸ばします。  
  ◇ ○○から思いつく単語を10個書いてみましょう。

 たとえば「家」の場合、ある生徒は「一軒家/マンション/豪邸・・・」と書きます。建築物という視点です。
 「リビング/寝室/トイレ・・・」と書く生徒は、「住まい」という視点でとらえているのでしょう。
 あるいは「家族」という視点で書き並べる生徒もいます。1人で考える範囲はあんがいと狭いものです。

トライアル1(後半)グループモード

◇ グループでお互いのマップを見せ合い、比べてみましょう。
◇ みんなのマップを統合して、グループのマップを作りましょう。
  ・ブロック化する。      
  ・同じブロックを同じ色で塗る。
  ・絵を描き入れる。      
  ・思いついたら、書き加える。 

 生徒はこの時点で、他人のマップの中に「自分と同じもの」や「自分が考えもしなかったもの」を見つけます。そして各人が残り2人のマップの要素を取り込みながら、1人1枚ずつ、グループのマップを描きます。
 色鉛筆も用意します。



 そうそう、これを描かせる前に、私は生徒にこう伝えました。「後日、マップを提出してもらいます。今日の段階では、上手い下手は問いません。ただ、楽しんでやってるかどうかだけをチェックします。」と。
 以上で、マインドマップ1回目の授業、終了です。このあと少しずつグレードアップしていきます。


物語を分析する

 いきなり、[問題]です。
昔話「桃太郎」の内容を10字程度で、要約しなさい。
マインドマップ授業の2回目は、この問いから始まります。みなさんなら、何て答えますか?
それでは、[答え]です。
桃太郎が、鬼を退治した。
これが、昔話「桃太郎」の骨格です。これに枝葉をつけて「桃太郎のお話」ができているんですね。では実際に、枝葉をつけてみましょう。


 枝葉をつけるための方法の1つは「5W1H」です。これが物語を具体化します。
(When? いつ Who? 誰が Where? どこで What? 何を Why? なぜ How? どうやって)
 もう1つは「原因→結果」です。「どうして、それをしたの?」(理由)と「それで、どうなったの?」(展開)の流れが、物語を構成します。
 以上のことを話して、すぐに実践トレーニングです。隣同士が同じものにならないように、テーマを3つ用意しました。
うさぎとかめ」と「3びきのこぶた」と「かぐや姫」です。
(他の候補は「みにくいアヒルの子」や「鶴の恩返し」など。)
     《トライアル2
◇ 「○○○」の内容を、思い切り簡潔に要約しなさい。
  →これが、物語の「柱」になります。
◇ 「○○○」の内容をマインドマップに再現しなさい。
  →まん中に「柱」、「5W1H」で枝葉、「原因→結果」を矢印で。
まず、まん中を描き、そして放射状に外へ外へと描いていきます。絵をいくつか書き込んで、色鉛筆で色鮮やかに仕上げたいものです。



 この時間は、生徒があらかじめストーリーを知っているものを選んで、マインドマップで昔話を再現してみました。次の時間に、この授業と逆のことをやります。自分で物語を作ります。


物語を創作する

 マインドマップ授業、3回目。2回目に「物語を分析」しましたので、今回は「物語を創作」します。

 隣同士が同じにならないように、柱を4つ用意し、こちらから生徒に与えました。
     《トライアル3
◇ 次の文を柱にして、ストーリーを創ってみよう。
  ・くつが→ない。   
  ・砂漠に→行きたい。 
  ・引き出しの→奥から。

◇ アンパンマンのオリジナル・キャラクターを創ってみよう。
  ・昨日の晩ゴハンに食べたものの絵を描いて、枝葉を伸ばす。
手順は2回目のときとそっくりですが、前回以上にイメージを膨らませる必要があります。いきなりストーリーを考えると、薄っぺらいものになってしまいます。

 まず、紙のまん中に柱(上の課題)を描きます。続いて、枝を伸ばしながら、イメージを膨らませましょう。

 どんな姿形をしているのか?
 何に使えるのか?
 5W1Hももちろん有効です。

 途中に絵を描き加えましょう。
 そうすると、さらにイメージが沸いてきます。

 枝がたくさん伸びたら、原因と結果を矢印で結んでみましょう。
「どうして、それをしたの?」
「それで、どうなったの?」
「こうなったらいいな・・・」
「こことここをつなぐと、どうなる?」
イメージがたくさん出てくれば、自然とつながって、いつの間にかストーリーらしきものが見えてくることでしょう。



 ここまで3回の授業で、4つのマインドマップを描きました。B4サイズの片面に2つ、両面使って、ちょうど1枚の紙の両面が埋まりました。このタイミングで、生徒にその紙を提出させます。
 前に生徒に伝えたように、この段階は上手い下手は問わないことにしています。ただ、マジメにやっているかどうか、楽しんでやっているかどうかだけをチェックします。
 次回からだんだんと、人に見せられるもの(人を魅せられるもの)を目指します。


マインドマップのツボ

 マインドマップ授業、4回目の前半。この辺で「マインドマップの効果」について考えます。ブツブツ言わずに3つのスライドを見せれば、いろいろ感じてくれるでしょう。

◇ 巨大迷路も上から見れば・・・


※ 中に入ると行きつ戻りつ難関でしょうが、上から見ればバカバカしいほどシンプルです。

◇ マップ VS 文章

※ 文章があんがい不自由なものであって、マップの方が優れている面が多々あることを表現しました。

◇ マップ道

※ このおやじギャグが、狙い通りに高校生に伝わるのかビミョーですが・・・

 余談ですが・・・ブログでは文章がメインですね。検索エンジンでも文字が検索対象ですね。今後、コンピュータやネットワークの世界でも画像やマップが中心になるように進化するんでしょうか。


読書マップのサンプル

 続いて「読書マップ」です。まずボク自身がマップ化したものを、サンプルとして生徒に見せます。

 1つ目は、単行本をマップ化したものです。「脳」ネタは今回の授業にピッタリだと思ったので、自校の図書館にあったものを読んでマップ化しました。自分が考えたことなどは盛り込まずに本の内容を要約しましたが、当然ボク自身の読み方が反映されています。


 2つ目は、新聞記事をマップ化したものです。たまたま読んだ記事に違和感があったので、自分の頭を整理するためもあって描いてみました。ここでは、新聞記事の内容を一通り書きながら、自分が考えたことをたくさん書き込みました。


「読書マップ」の描き方に公式のものはありませんが、授業では一定のルールを示して描かせます。


読書マップを描いてみよう

 「読書マップ」のサンプルを見せた後で、今度は生徒に「本や記事の内容をマップ化」してもらいます。かける時間は、マインドマップ授業の4回目の後半から5回目までの1時間半。
 「物語を分析する/創作する」ではフィクションを題材にしましたので、今回はノンフィクションでいきたい。とはいっても、実際に何をマップ化させるかは、考えどころです。

◇ 単行本でやるにはかなりの時間と労力が必要です。授業時間内ではとても完結できません。授業で1回経験して、それを踏まえて長期休みの課題にするなら良いかもしれませんが。
◇ 新聞記事でやれば「読む→マップ化→提出」まで1時間でなんとかできそうです。けれども新聞記事はもともとうまく要約されていますから、簡単すぎてあんがいと達成感はありません。
◇ 百科事典を使うのも手です。けれども、冊数(クラスの人数分の冊数があるか)の問題があります。高校生にふさわしい内容を選び出すのも難しい。
(◇ノンフィクションにこだわらなければ、短編小説でもスピーチでもいいでしょう。)

☆ いいものを見つけました。文藝春秋社から出版されている「日本の論点」という本です。この本は毎年出ているもので、2007年の場合は90個のテーマに分けて解説しています。1テーマあたり2~4ページくらいですから、読む分量としても適当です。解説は専門家や批評家の書下ろしによるもので、公正中立というより著者の立場がはっきりしています。立場・主張がはっきりしている方が反論もしやすいでしょうから、それでいいとボクは思っています。
 本を分解して、テーマごとにホッチキスで留めれば、最低でも半分の45個の小冊子ができます。ページの裏表を分けることができないからですが、2冊を分解すればすべてを網羅できますね。これで1クラス分は余裕で確保できますから、これを全クラスで使いまわせばいいわけです。分解&ホッチキス作業が面倒そうですが、今年はこれでやってみようと思っています。
   《描き方マニュアル
◇ 中心に「出典」を書く。
  ・本→「タイトル・著者・出版社」
  ・記事→「○○新聞・日付・○面」
◇ その周囲に「要約」を書き込む。
  ・丸で囲む。(著者モード)
  ・単語または短いフレーズで。
◇ あなたが思いついたことを書く。
  ・囲まない。(自分モード)
  ・適宜、囲み・矢印などを使う。
    《トライアル4
◇ まずしっかり読んで、理解する。
◇ 下書き(メモ書き)
  ・キーワード・キーフレーズ
  ・面白かった点・気になった点
  ・どこに注目するかは、人それぞれ。
◇ 清書
  ・関連しているものを近くに集める。
  ・著者モードと自分モードを分ける。
  ・絵を描き加える。
もとの内容を忠実に再現する必要はありませんが、ポイントは押さえる必要があります。と言いつつ、自分なりのチョイスや自分なりの解釈があっていいんです。自分の考えを盛り込んでかまいませんし、盛り込まなくてもかまいません。読書感想文を書かせるよりはずっとマシだと思うのですが、いかかでしょうか?


アイデアから企画へ


マインドマップ授業のファイナル。3時間かけて、2つの作業を連続して行い、1つの作品を作ります。

 前半戦でアイデアをひねり出し、後半戦でそれを1枚の企画書にまとめます。
 アイデアを出すステップは、いわば放射モード。まん中から放射状に、外へ外へと発想を巡らせます。
 企画書にまとめるステップは、いわば収束モード。全体像をとらえながら、まん中に集約させます。
 アイデアを出すときに使う小道具は「魔法の9マス紙」。単なる3×3の紙ですが、これをたくさん使います。この紙は、アイデアをひねり出すためにも、出てきたアイデアに具体性を持たせるためにも使えます。そうして、アイデアを出し尽くすまでがんばってください。
 企画書にまとめるときは、まずレイアウトを作り、企画そのものをズバリ表現してまん中に配置します。次にその周囲に見出し(キャッチコピー)をドーンと書いて、最後に詳述します。そうして、相手に一目で訴えるような「1枚企画書」を作ります。

 これがマインドマップ授業、計8時間の集大成です。放射モードでは際限なく何でもカンでも書き出して、収束モードではグググィっと一気に引き寄せる。
 実際の作業は、両モード間を行きつ戻りつしながら進めます。最後にはエライ人(校長とか)に提出できるような企画書を作り上げましょう。


魔法の9マス紙

 マインドマップ授業6回目。この時間は、ひたすらアイデアを出すことに専念します。これが次の「パワポで1枚企画書」につながります。

 アイデアを出すための道具は「魔法の9マス紙」。単なる3×3の紙ですが、アイデアがどんどん沸いてきます。
 使い方は、まず9マスのまん中に、テーマ(解決するべき問題)と「?」を書きます。
 次に、その周囲の8マスに、アイデア(思いついたこと)を書き込みます。
 続いて、8マスの1つに書いたものを、別の紙の真ん中に書きます。
 さらに、そこから思い浮かぶものを周囲の8マスに書く。・・・これの繰り返しです。

 コツは8マス全部埋めること。苦しくなってからが勝負です。そこでいいアイデアが出てきます。
 また、バカバカしいと思っても、こんなのダメだと思っても、どんどん書くこと。そこにチャンスがあります。

 私が実際にやってみた結果が、右図です。
 私が図書館に配属されていますので、「図書委員会の活動」について考えてみました。たった10分くらいでやってみたのですが、自分でも驚くくらい出てきました。

 コツは出し尽くすこと。紙ならいくらでもありますから、カラカラになるまでがんばってください。質のことは気にせずに、とにかく数をたくさん出しましょう。

 9マス紙は、まだまだ使えます。出てきたアイデアを「5W1Hで条件固め」します。
 アイデア(What)を真ん中に置いて、その周囲に「Who、When、Where、Why、How」を書き込むのです。

・・・はじめはバカげたように感じたアイデアでも、いつのまにかリアリティーが出てくるから不思議です。

トライアル5
◇ 文化祭の企画をたてる。  (全体企画、参加団体としての企画、・・・)
◇ 新しい学校行事を企画する。(○○大会、◇◇コンクール、・・・)   
◇ アイデア文房具を開発する。(ノート、ペン、・・・)         

 課題を3つ用意しました。各自にこのうちのどれかを割り当てます。ここで一定レベルのアイデア(5つ以上)が出たら、次の時間に「パワポで1枚企画書」作りに移行します。バカげたアイデア大歓迎、ありえないと思うくらいのアイデアの方が、おもしろい企画ができるでしょう。


パワポで1枚企画書

 「魔法の9マス紙」で浮かんだアイデアを、次に「1枚企画書」に仕上げます。時間があれば「パワーポイント」を使いたいところですが、時間がなければ手書きでもいいでしょう。私は、手書きでやらせるつもりです。この「企画書」、作り方がちょっと独特かもしれません。

◇ まず初めに、レイアウト(枠)を作ります。基本的なレイアウトをお見せしましょう。


 マインドマップの精神に則って、「アイデアそのもの」(What?)をまん中に配置します。そして、その理由(Why?)や具体的なやり方(How?)などを上下に配置します。
 上のような「3段」構えが基本です。色は「3色」程度がいいでしょう。もちろん、紙1枚に収めることが絶対条件です。

◇ 次に、ゾウ(キャッチコピー)を作ります。
 人はそんなに丁寧に見てくれません。パッと見て、使えるか使えないか、採用するかしないかを判断します。その間、わずかに「3秒」(!?)。
 だから、一目で内容がわかるような、人に訴えるようなものが必要です。

◇ 最後に、アリ(詳細)を書き込みます。
 枠に入りきらない場合は優先順位をつけて「切り」、枠が余っている場合はさらにアイデアを「ひねり出して」、ナニがナンでも枠にジャストフィットさせましょう。
 ただし、「3秒ルール」で「ボツ」とされた場合は、まったく読んでもらえないでしょう。それでも、それを覚悟の上で、詳しく丁寧に書いてください。

 通常の文書作成の手順が「詳細(アリ)→キャッチコピー(ゾウ)→レイアウト(枠と色)」だとすると、ここでは「レイアウト→ゾウ→アリ」と、まったく逆順に作っていくということです。常に全体像を見据えながら、まん中に集約させたり、またはまん中から放射状に広げます。提案者が作るときも、他人が見るときも、そして出来上がった企画書も、その形です。


日本のアニメがおもしろいわけ

 日本は「八百万(やおよろず)の神」の国。これが理由。
 すべてが神で、善い面ばかりでなく悪い面も持ち合わせ、ちょっとこわいけど案外マヌケだったりして、憎めない存在。神といえば神だけど、どっちかっていうと、おばけに近い?
 トトロや 鬼太郎はもちろんそうだが、典型はキャラクターが無限に出てくるアンパンマン。日本は神話がいまに生きている貴重な国だから、マンガ・アニメがおもしろいのだ、きっと。
 一神教世界のマンガ・アニメがつまらないのも、理解できるでしょ。

2019年3月21日木曜日

ミャンマーの神は丘にいる

 バンコクの神は辻にいて、ラオスの神は森にいて、東京の神は岬にいて、ミャンマーの神は丘にいる。

ポッパ山(バガン郊外)     ザガイン・ヒル(マンダレー郊外)

 ミャンマーじゅういたるところにパゴダ(仏塔)があるが、丘の上に特に集中していて、信仰の対象になっている。
 辻にいるバンコクの神は動物の姿をしていて、ラオスの神は目に見えなくて、岬にいる東京の神はどちらかというとお化けだが、それらに比べて丘にいるミャンマーの神は仏そのもののように見える。


バンコクの神は辻にいる

 バンコク中心地、ショッピングセンターが集まるラーマⅠ世通りとラーチャダムリ通りの交差点には、昔からエラワンの祠があって外国人にとっての観光ポイントにもなっている。 交差点を挟んで反対側の伊勢丹デパートの前にも祠があって、恋愛にご利益があるということで地元の若者でにぎわっている。
 下の写真は地下鉄フアイクワン駅の真上にある祠。 ここも幹線道路の交差点、正真正銘の辻である。夜中1時過ぎにもかかわらず、多くの人がお祈りしていた。ここに祀られている神は象や蛇の姿をしていて、仏教というにしては土着っぽい。


 ちなみに、ミャンマーの神は丘にいて東京の神は岬にいる。なにはともあれ、バンコクの神は辻にいるようなのである。バンコク観光するなら、仏教の寺院を巡るより、辻の祠を巡るのがおもしろそう。


東京タワー、人気の秘密

 東京タワーは岬の先端にあるのである。今は海岸線から離れているが、かつてそこは岬の先端だった。そういうところには魔物が住んでいる。そして、聖なる場所なのである。
 だから、人を引き寄せるのだ。それが、東京タワーの人気の秘密である。


 東京タワーの北側は東京タワーの敷地と同じ高さだが、東と西と南側は土地が下がっている。東京タワーを挟んで南北に走る日比谷通りと桜田通りが今ある場所は、かつて入り江だった。
 東京タワーのすぐ南隣に小さな祠がある。その昔、そこが岬の突端だった。だから、今でも祠があるのだ。
 その裏は崖だ。その昔、そこに波が打ち寄せていた。その先に東京湾が広がっていた。
東京タワーの近くを歩いてみると、わかる。
 
 そういう場所だから、東京タワーは今でも一種独特な空間なのである。東京タワーに行くなら、展望台に登るよりタワーの足元に立つ建物の中を散策する方が面白い。そこに魔物が生きているからである。そして、今どきこんな場所は他のどこにも残っていないからである。
 土産物売場(左上)、屋上遊園地(右上)、ろう人形館(左下)、似顔絵師(右下)、現代的な感覚では、なぜこういうものが東京のど真ん中にあるのか、不思議なものばかりである。


 これが東京タワーの魅力である。あの場所が持つ魔力である。我々の中に息づく縄文の記憶を呼び起こしているのである。
 東京スカイツリーにこの力は無い。ありえない。あそこは海の底だったからである。