2019年4月2日火曜日

日本語に読点は要らない

 文の最後に打つ「。」を句点という。文の途中に打つ「、」を読点という。2つあわせて句読点という。

 句点はあった方がいい。でも絶対に無きゃいけないというものではない。いざとなったら無くても何とかなる。
「句点が無くても困らない スペースを開ければいい それでちゃんと読める」と書いてもまぁわかる。
「句点が無くても困らない
一文ごとに改行すればいいじゃん
無駄に行を浪費することになるが」
と書く方法もないわけではない。
 でもさすがに「句点なんか要らない詰めて書いても読めるほらね文句あるか」というのは読みにくい。だから句点はあった方がいい。でもそんなことはどうでもいい。当たり前のことだから。
 問題は読点である。読点は要らない。これは本当である。実際に私はこの記事で読点を使っていない。
 でもちゃんと読めるはずだ。読点を打った方がわかりやすいという部分もないと思う。確かに記事の1行目で「、」と書いた。でもこれは読点を説明するためのものだ。句読点のうちどっちが句点でどっちが読点かわからないと困る。だからそう書いた。
 でも記事の他の個所では読点を一切使わないことにする。日本語に読点が要らないことを証明するために。

 読点を打たないで文章を書くにはどうすればよいか。答えは簡単である。文章を短く切ればいいのである。
 けれどもそれを実行するのは案外難しい。そのためには論旨をクリアにしなければならないからだ。要するに文章を切るとごまかしが効かなくなる。むしろ文章をつないで書く方がよっぽど簡単である。論旨があいまいなままでも書けるからだ。つまりダラダラ書けばいくらでもごまかしが効く。
 読点は2つの文をつなげて1つの文にするときに使うものだ。2つの文の境目に読点が入るのだ。
 元の2つの文が明確であるならそれでよい。それなら2つに分けても1つにつないでもどちらでもよい。けれども多くの場合の読点の使い方はそうじゃない。単に切れないからつないで書いているにすぎない。切ったら論がつながらなくなる。だからいくつかのことをつなげて書く。そうすれば話がつながっているように見える。だから読点を打つ。これが実態だろうと思う。

 誤解のないように書いておこう。私は「読点を打ってはならない」とは言っていない。「読点が無くても文章を書ける」と言っているのである。そして「その方が良い面もある」と思うのだ。
 ここで提案。読点を使わずに文章を書いてみたらどうだろう。そうなると文章を切るしかなくなる。すると無駄が省ける。そして論旨が明確になる。読み手にとっても読みやすくなるだろう。良いことづくめじゃないか。
 その上で2つの文をつなぐときに限って読点を使ってもよいことにする。ここに至って初めて正しい読点の使い方になるってもんだ。
 もちろん無理してつなげる必要はない。2つの文に分けたままでも構わない。そんな作文トレーニング法ってけっこう効果的なんじゃなかろうか。

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