大井川鐵道は蒸気機関車SL(新金谷〜千頭)で有名だが、その先に続いているアプト式列車(千頭〜井川)が面白い。正式名は「大井川鐵道・井川線」と言う。
写真上は「奥大井湖上駅」。半島のように突き出た場所に駅があって、その両側を橋で渡る。橋の下は元の大井川を堰き止めて作った人工湖だ。
写真下左は終点の井川駅。写真下右は近くの寸又峡に架かる吊り橋。
大井川鐵道は蒸気機関車SL(新金谷〜千頭)で有名だが、その先に続いているアプト式列車(千頭〜井川)が面白い。正式名は「大井川鐵道・井川線」と言う。
写真上は「奥大井湖上駅」。半島のように突き出た場所に駅があって、その両側を橋で渡る。橋の下は元の大井川を堰き止めて作った人工湖だ。
写真下左は終点の井川駅。写真下右は近くの寸又峡に架かる吊り橋。
ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の2021年2月2日の記者会見での発言。
「このままでは地球は今の世代で終わりになってしまうかもしれないと考えている。そうならないためには、全世界の人々、企業が、人類全体の将来を考えて、経済活動はどうあるべきか、地球環境はどうあるべきか、自分のビジネスはどうあるべきか、本当に真剣に考えて行動しなければいけない」と訴えた。
温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指し、サプライチェーンやオフィス、店舗が取り組む具体的な取り組み目標を2021年内に定める。
柳井氏は「サステナブルであることはすべての前提である」とした上で、「会社の存在そのものが社会をよりよくする会社になるために、我々は本気で行動することをお約束します」と強調した。
質疑応答では「地球そのものが有限であることをもう一回自覚すべきだ」と指摘。
「サステナビリティレポート2021」を発表した。
「良いものは良い、ダメなものはダメ」とはっきり言える大人になってください。
たとえば、健康観察票が有害・無益だと思うなら「やめちまえ!」と言える人に。
くれぐれも、そう言う人を排除するような・貶めるような大人にはならないでね。
| 順位 | 国名 | 生産量(トン) |
|---|---|---|
| 1 | 中華人民共和国(中国) | 2億1,212万9,000 |
| 2 | インド | 1億7,258万 |
| 3 | インドネシア | 8,303万7,000 |
| 4 | バングラデシュ | 5,641万7,319 |
| 5 | ベトナム | 4,404万6,250 |
| 6 | タイ | 3,219万2,087 |
| 7 | ミャンマー | 2,541万8,142 |
| 8 | フィリピン | 1,906万6,094 |
| 9 | ブラジル | 1,174万9,192 |
| 10 | パキスタン | 1,080万2,949 |
| 13 | 日本 | 972万7,500 |
「バカなこと」というのは語弊がありますが、ブログで「チャレンジしたい」というボクの思いを書きました。知ってることだけでなく、「考えてる最中の、まだ形になっていないもの」を書きたいということです。そうすれば、イヤでも「バカなこと」になるはずです。
完全なパブリック環境では「バカなこと」を書けません(ホントのバカになってしまいます)。完全なプライベート環境では「形にしよう」というモチベーションが働きません。
ブログは、プライベートとパブリックの中間にあります。そのビミョーなポジションが、チャレンジするのに絶妙だと思うわけです。「人目に晒す」という多少のプレッシャーが効果的なんですね。
疑いようのない事実ばかり書いてもつまらない。個人的な感想ばかりをつづってもつまらない。自分にとっての問題を「考えるためにブログを書く」っていうのも、アリだと思います。
中途半端でもご勘弁、意味不明でもご愛嬌。それに共感する人が現れるかもしれませんし、コメントやトラックバックからヒントを得られるかもしれません。(ブログはそんな可能性を持っています)
ボクはこれからも「バカなこと」を書き続けます!(もっとがんばんなきゃ)
一昨日の続きです。正月三が日は、バカなことを書きたいと思っています。後で読んで恥ずかしくなるようなものを書くことが、目標です。
さて、今日のテーマは「バカなことを書くための条件」です。バカなことが書けるためには、いくつかの条件があると思うんです。それについて、考えます。
なぜそんなことを考えるかというと、ものを考えるためには必ずそのステップを踏むと考えるからです。何が問題なのかが自分でもわからないような問題に取り組むことを、ここでは想定しています。答えはもちろん見えないし、答えがあるのかどうかもわからない。問題そのものも不明瞭だから、人に質問することもできない。その問題について発言すれば、イヤでも「バカなこと」になるに違いありません。
問いが明確であれば、スマートに考えることもできるでしょう。しかし明確な問いにばかり答えていては、問いを立てる力が弱くなっていくのではないかと思うのです。
ついつい考えてしまう問題を抱えている人はラッキーだと思います。それを書けばよいのですから。
でもね、人間ってきっかけも何もないところで考えたりはしないと思うんですよ。何かしらつかんでるから、でもよく見えないから、考えちゃうんだと思うんです。
つまり、疑問=ヒント だと思うんですね。疑問を持った時点で、すでに解答までの道なかばにある、と。
今日の結論。 バカなことを書くための条件は、
《条件1》疑問を感じる能力を持ち続けている。
それを失わないためにも、時々やった方がいいんじゃないかな。
《条件2》その疑問が自分にとっての「チャンス」であることを知っている。
それ(疑問や悩み)をネガティブにみる発想じゃダメですね。
《条件3》一定期間それを考え続けるタフさ・ラフさ・ズウズウしさを持っている。
でも、それが楽しいといえば楽しいんです。
さて、年始早々のバカ発言、いかがだったでしょうか?
まったく説得力ありませんね。とても人に読ませられるようなものじゃありません。後で読んだときに恥ずかしいと思うのでしょうか。 だとすれば・・・当初の狙い通りと言えるのかな?
正月三が日は、バカなことを書こうと心に決めました。
今日のテーマは「事実より、ものの見方」です。あるいは「事実より、仮説」と言いかえることもできます。「前者より後者の方が、価値がある」ということを考えてみようと思います。
意味不明の文章になることは必定ですが、もとより覚悟の上です。現段階では「バカな発言」でも、「そのうち形になるだろう」という期待があるから、書くわけです。
「事実」とは「=誰が見ても正しいもの=客観」と言えるでしょう。「見方=仮説」はさらに言い換えると「=解釈=考え方=主観」となりそうです。また「事実は1つ、ものの見方はたくさんある」という比較もできるでしょう。
・・・と、ここまで書いてきて、ボクの問題意識からズレてきているように思いました。
・・・両者を比較することがボクの課題ではないんですね。
実はこの問題、昨日からもう丸1日考えています。その間に「事実と見方」を比較しながら、文章を書いたり消したりしてました。そして気がついたんです。
なぁんだ、「そんなふうに考えようよ」で十分なんだ、と。
考えてみると、ボクのテーマ「事実より、見方」そのものが、ものの見方であり、仮説です。こんなものが事実であるなんてことは、ありえません。
ところで、2者を比較して1者の優位性を示そうとすることは、事実を求める姿勢です。それが悪いとは言いませんが、「事実より、見方を」という自分の主張にはそぐわないわけです。
結局ボクが言いたかったのは、
・ きちんと証明できるまで発言しなかったら、何も言えないよ。
・ 仮説あるいは考え方として、発言すればいいじゃないか。
ということだったんでしょう。
「そんなの当たり前だ!」だって?
「そんなこと1日中考えてるなんて、ホンモノのバカだ!」ですって?
いや、そうでもないんです。情報科の授業で生徒に「自己表現」させているボクにとっては、これは切実な問題だったんです。きっと。実際に授業をやってみると、こんなふうに思ってる生徒がいるように感じるんです。
・こんなこと(自己表現)やって、ナンの意味があるんだ。
・そんなものどーでもいいから、情報科の授業ではコンピュータ使わせろ。
あるいはこんなふうに言われるかもしれませんね。「お前は自分をごまかしてるぞ」、「自分の問題から逃げてるんじゃないか」と。
いや、そうでもないんです。
事実の価値基準が「正しいか否か」だとすると、見方の価値基準は「妥当か否か」です。だから、ボクの考えが正しいか否かは関係ないんです。ボクの考えが「妥当だ」と人(生徒)が思ってくれれば、それでいいんです。
さて、今日のバカ発言はいかがだったでしょうか?
バカなことを書くつもりが、あんがい体よくまとまってしまったような気もするし、答えになっていないような気もするし。。。