(2012年冬)
ミャンマーのエーヤワディー川のデルタ地帯では、広大な土地でコメを作っている。牛を引いて田を耕し、人の手で苗を植え、人の手で刈り取って、稲を積んだ荷車を牛が引いて運んでいる。今でもそんな光景が広がっている。
2012年の冬、僕は両親と一緒にミャンマーを旅行した。父が言った。「自分が子供の頃のやり方と同じだ」。父はもうすぐ80歳。父が子供の頃というのは、今からざっと70年前ということだ。両親は福井に住んでいて、コメを作っている。僕も高校まではそこで育った。ちなみに、僕はいま50歳だが、僕が子供の頃はもっと進んでいた。牛や馬はいなかったし、機械化も始まっていた。
母が言った。「あの頃は大変だった」。そんな会話をしながら、僕は両親に提案した。「福井でコメ作っていても先が見えてるだろ。いっそのこと、ここ(ミャンマー)でコメ作ったらどうだ? この見える一帯でドォーンとこしひかり作って、日本で売ったらどうだ? その方がおもしろいんじゃないか。儲かるんじゃないか」と。
ここで、僕の実家の話をしよう。僕の実家は日本の典型的な農家だ。それを知れば、日本の農業の実態が分かる。
実家では昔からコメを作って売っているが、そんなに広い田んぼがあるわけじゃない。コメ作りだけでは大した金にならない。僕の父はサラリーマンをしていた。要するに兼業農家ということだが、この点でも典型的な日本の農家だ。
父は平日は会社に行き、休みの日に田んぼ仕事をしていたから、僕も時々は手伝わされた。田植えの時期はちょうどゴールデン・ウィークの頃で、僕にとってはブラック・ウィークだった。水を張った柔らかい田んぼにズボズボ入っていくのだが、その時期はまだ水が冷たい。稲刈りの時期は夏休みの終わり頃で、夏休みの宿題の追い込みをかけなきゃいけないタイミングと重なる。いや、そんなことより、稲刈りの時期はまだ暑くて、乾いた稲の埃が汗で体に張り付いて、かゆいのだ。そんなこんなで正直やりたくなかったが、父だって休みの日に田んぼするわけだから、僕も多少は手伝わないわけにはいかなかった。
兼業農家なんてどこもこんなもんだ。家計収入のメインは会社勤めの給料で、土日にそんなに広くもない田んぼをやるが、それで得られる収入はたかが知れている。うちに限った話じゃない。これが日本の農家の典型的な姿だ。
父は今ではサラリーマンを引退して、年金生活を送っている。農業は続けているが、今のメインの収入は年金で、でも田んぼがあるからコメ作りを続けている。そんな父もそろそろ80歳になる。元気だからやっているわけだが、高齢化しているという点も日本の農業の典型的な形だ。後継者はというと、いない。後継者の候補は僕だったわけだが、僕は田舎を離れて住んでいるので農業はやっていない。そして、後継者がいないという点でも、僕の実家は典型的な日本の農家だ。
話を元に戻そう。両親と一緒にミャンマーのコメ作りの光景を見ながら、僕は父に「福井でコメ作るより、ここ(ミャンマー)でやれ」と提案したのである。
エーヤワディー・デルタのだだっ広い田んぼに、日本から農業機械を持ち込んで、父をリーダーにして、ミャンマーの人たちと一緒にこしひかりを作ったらどうだろう。
試算してみよう。ミャンマーの農家の人たちに支払う給料を月5000円とする。きっと喜んでやるだろう。父が口を挟んだ。「でも、言葉がどうしようもない」と。父は英語がからっきしダメで、ましてやミャンマー語がしゃべれるはずもない。でも、大丈夫。日本語通訳を雇えばいい。ミャンマーでは日本語を勉強している人が実は多くて、月給1万円でいくらでも見つかるだろう。
そして、作ったこしひかりは全部日本に輸出する。たぶん、日本で作るよりずっと安く、日本のコメの5分の1か10分の1の値段で売っても儲けが出るだろう。
ところで先日、新聞にあるアンケートが載っていた。どんなアンケートとかというと、「日本のおいしくて安全なコメがいいか、安いけど不味い外国のコメがいいか、あなたはどっちのコメを買いますか?」という質問で、アンケート結果は「日本のコメを買う」が80何パーセントで、「外国のコメを買う」が10パーセント以下だった、というもの。でもこのアンケート、全然フェアじゃない。確かに現状では外国のコメは不味いかもしれないけど、先ほどのプランではそんな二択にはならない。
何やかや言っても、父はコメ作り70年の超ベテラン。そんな父が作ったこしひかりが不味いわけがない! しかも安全だ。少なくとも放射能の心配はゼロ。だから、アンケートするなら、次のような質問をするべきだ。「値段が高い日本のコメと、それと同じくらい安全でおいしくて値段がずっと安い外国産のこしひかり、あなたはどちらを買いますか?」と。そうすればみんな、「外国産がいい」と言うに違いない。
このプラン、とてもいいと僕は思っているのだが、でも今のルールでは実現できない。食糧管理制度など様々な規制があり、輸入米にバカ高い関税がかかるから。でも、TPPみたいなものが発効すれば、可能になる。
さて、ここからTPPの話。「TPPをやると、日本の農業が壊滅する」とか、「農家を守れ」とか、そういう声がある。テレビでもそんな論調で語られる。
でも、僕は思うのだ。僕の実家みたいな農家を今のまま守っても、何も良いことが無い。それが典型的な日本の農家であることは先ほど話した通りだが、今のままではどっちにしても日本の農業はダメになる。ますます高齢化が進んで、後継者もいなくて、耕作放棄地が増えるだけだ。
でも、TPPみたいなものが始まれば、新しい道が開ける。先ほど提案したようなプロジェクトもできるようになる。その場合、統計上は「輸入」になるのだろう。そうなると、「日本の食糧自給率が下がるからダメだ」なんてことを言い出す人が必ず出てくるのだが、でも、それが問題だろうか? 確かに作っている場所は外国だけれども、日本人が日本の機械を使ってこしひかりを作るのだから、何も問題無いと僕は思うのだが。
父もやりがいがあって、そして儲かって、ミャンマーの人も今より多くの収入を得て、日本の消費者も旨いこしひかりが安く食べられれば、みんなハッピーじゃないか。福井にある田んぼは、近所の農家の人に任せればいい。そうすれば、その人だって今よりも広い田んぼでコメを作ることができて、悪い話じゃないはず。僕だって、ミャンマーに遊びに行ったときに拠点ができればうれしいさ。
ミャンマーのエーヤワディー・デルタのだだっ広い田んぼで、牛を引いて田を耕している光景を見ながら、そんな話を親とした。
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