2019年12月14日土曜日

三宅島のトレッキング・ルートを原チャリで行く

 三宅島の雄山は活火山で、現在も活動しているので、その付近は立入禁止である。
 雄山をぐるっと回る林道があって、その林道より内側は危険区域ということになっているが、道が塞がれているので、事実上の立入禁止区域である。すなわち2019年12月時点において、一般人は雄山環状林道(地元では「鉢巻道路」と呼んでいる)までは行けるが、その内側には行けない。
 三宅島の街や集落は海岸線近くに並んでいて、それらをつなぐように幹線道路(三宅島一周道路)が走っている。島内唯一の幹線道路と言ってよい。そして街や集落と環状林道をつなぐように、数本の林道が走っている。
 実際にはどの道路も起伏があって曲がりくねっているのだが、ざっくり図示すると下のようになる。


 さて、昨今のトレッキング・ブームもあってだろう、三宅島にもいくつかのトレッキング・ルートが設定されている。海岸線を行くもの・山に向かうものなどいろいろあるが、コースの大半の部分は三宅島一周道路か林道なのである。
 トレッキングというと未舗装の山道のようなものをイメージするだろうけれど、もとより三宅島には山道みたいなものはほとんど無い。あるとすればそれは環状林道の内側にあるのだろうけれど、そこは現在立入禁止なのである。
 ということは、三宅島のトレッキング・ルートのほとんどの行程を車で回れるということだ。ランドクルーザー系の大型車は無理だろうけれど、軽自動車なら行けるだろう。モーター・バイクならまず問題なさそうだ。

 そんな予想をもとに、今日はモーター・バイクをレンタルして三宅島を一周した。50ccのいわゆる原チャリだ。昨日は電動マウンテン・バイクで海岸線を一周したから、今日は2周目だ。さすがに効率が良かった。歩いたら1つのコースで1日終わるところが、モーター・バイクだったから山に向かったり海岸線に戻ったりしながら1日でたくさんのコースを回れた。もちろん体力的には1つのコースを歩くよりずっと楽だった。
 とはいえ、全ての林道が通れたわけではない。工事中だったり、安全でないという理由で通行止めの区間もあった。雄山環状林道も所々で通行止めだったので、その度にいったん三宅島一周道路まで降りて別の林道から登ったりした。雄山環状林道が全線開通したら、楽しいバイク・ツーリング・コースになりそうだ。

 それはそうと、民宿の主人からの耳より情報。ネット検索してみたら、同じ話があった。そんなわけで、近々また三宅島に来るかも、と考えているところ。
「東京都、三宅島でエコツーリズム 火山周辺を観光」(日経電子版より)
(→ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46258850Y9A610C1L83000/ )


 上の写真は阿古地区。海岸線に近い場所で、写真の反対側はすぐ海だ。
 さて、田畑と裏山のように見えるだろうか。でも、目の前の黒っぽいものは溶岩流だ(1983年に流出)。だから田畑と違って、季節を問わずこのままだ。裏山は、裏山には違いないが、外輪山とその中に噴火口(1643年に噴火)がくっきり見える。主峰・雄山はその奥にあるが、外輪山の陰に隠れてここからは見えない。

2019年12月13日金曜日

三宅島を電チャリで1周の旅

 いま三宅島にいる。伊豆諸島の1つで、2000年の噴火で全島避難した。これまでおよそ20年周期で溶岩を吹き出しているので、そろそろかもしれないな、と思う。
 昨日の夜に竹芝桟橋から船に乗って、今朝5:00に三宅島に上陸して、しばらくお宿でのんびりして朝ごはん食べてから、電動アシスト自転車を借りて島を1周した。電動だから楽勝かと思いきや、キツかった。途中だいぶへばったので村営バスに乗って、続きは明日にしようかと思ったけれど、なんとか頑張って陽のあるうちにお宿に戻ってきた。
 火山島に来たのは一昨年の 八丈島(※1)以来。自転車で遠距離・長時間乗ったのは5年前の タクロバン(フィリピン)(※2)以来。

左上:1983年の噴火による  右上:1940年の噴火による
左下:2000年の土石流による  右下:1643年の溶岩流による

 明日はどうしようかな。山に登ろうかな。山頂付近は立ち入り禁止だけど、過去の噴火や溶岩流出の跡が見れそうだ。でも、キツそう。

(※1→ https://omori555.blogspot.com/2019/04/blog-post_822.html )
(※2→ https://omori555.blogspot.com/2019/03/2.html )

2019年12月8日日曜日

2019年11月4日月曜日

アンデス

(2000年冬)

クスコの見所はひたすら石。
マチュピチュを訪れるときは、遺跡の横の一軒宿に泊まろう。
クスコからの日帰り客がいない時間帯がいい。
ペルーとボリビアにまたがるチチカカ湖。
ボリビア側、太陽の島にて。

2019年11月3日日曜日

イエメン

(1990年夏)

 アラビア半島とアフリカ大陸の間にある紅海は、もともと高原だったところが落ち込んでできたもの。アフリカ側はエチオピア高原、アラビア側はイエメン。だからイエメンは高原の国。緑も多く、ちょっと日本と似たような光景です。

岩の上に立つ家

サナー旧市街。
人一人がやっと通れる道がつながっています。












タイズの子供たち。道でお菓子など売っていました。

 大人の男性は腰に剣を刺し、大人の女性は黒い布を被る。
 この子たち、今は40歳前後になっているはずなのだが、内戦のさなか、どうしているんだろう。

2019年11月2日土曜日

アラブのタクシー

 花粉症の季節がやってきました。この季節は特に、車の中にティッシュボックスが必需品ですね。ところが車にはティッシュボックスの置き場所がない。なぜか想定されていない。足元なり後の方なりに、適当にみんな置いているんでしょうね。
 さて、アラブのタクシーでは車の天井に逆さまの状態でティッシュボックスがくっついています。天井に金具がついていて、そこにティッシュボックスがカパッとはまるようになってるんです。それが天井のど真ん中についていて、下から引っ張れば1枚ずつ取れる。ドライバーでも客でも、必要なときに勝手に天井に手を伸ばして使っていいんです。ウーン、なかなか合理的。ウチでもやろうかな、ってちょっと思いました。
 アラブでは日本車よりヨーロッパ車が多かった。タクシーはもちろん中古車。古ーいベンツとかが多く、走るには走るが、4つのドアが全部ちゃんと開くなんて珍しい。今から30年ほど前、ちょうど湾岸戦争のころの話です。(最近の様子は知りません)

2019年11月1日金曜日

中米グアテマラの地理講座

(1991年冬)

◇ 南北アメリカ大陸の人種構成
 アメリカ大陸には、もともと先住民がいて、ヨーロッパ人がやってきて、アフリカ人を奴隷として連れてきて・・・混じりあった。そんな歴史がある。
 しかし、アメリカ大陸全体にわたって、人種構成が均一かというともちろんそうではない。その構成の割合を非常に大雑把に示すと、次のようになる。
グアテマラのチチカステナンゴ
  • 大陸の北(アメリカ・カナダ)と南(チリ・アルゼンチン)は白人が主流。
  • カリブ海諸国は黒人が主流。キューバのオリンピック選手はたいてい黒人。
  • 先住民が主流である地域は、山岳地帯。白人の手が及ばなかったということだろう。
  • その他の地域、つまり北はメキシコから南はペルー・ブラジル辺りまでは、混血が主流。ブラジルのサッカー選手はたいてい混血。
手元に正確なデータがないので断言できないのが残念だが、大筋そんなところ。
 さて、先住民が主流を占める国がアメリカ大陸に2つある。

  • 1つは南米ボリビア。
  • もう1つは中米グアテマラ。


寒くて、暖炉にあたると幸せ気分だった
◇ 中米山脈
 中米は地図で見ると細長いから、低地をイメージするかもしれないが、実際は違う。北米の西側にロッキー山脈、南米の西側にアンデス山脈があるが、それらをつないでいるのが中米である。つまり、中米は山脈地帯である。
 グアテマラの首都グアテマラシティーは盆地にできた町だが、その標高は1500m。グアテマラの他の町も1500m~2000mの高さにあるものが多い。バスで移動すると、道は山岳地帯を縫うように走り、しばしば富士山のような円すい形の火山を見ることができる。


◇ 旅行の穴場=グアテマラ
 中米は山岳が多く、そのあたりに先住民が多く住んでいる。典型がグアテマラ。グアテマラは先住民が主流を占める国であり、しかも気候おだやか・景観グッド。
 写真は、たまたま遭遇した、グアテマラの祭り。鳥をデザインしたものと見える。